将棋では、主に序盤、場合によっては中終盤まで「定跡」が整備されており、ある程度の上級者やプロ棋士の対局では初手から途中の十数手~数十手までは定跡通りに進行することが多いです。
定跡とは先手後手ともに最善と思われる指し手の流れこと。
最近のプロの対局を見ても、例えば丸1日かけて対局するような持ち時間の将棋では、午前中は定跡通りに進行し、午後、遅い時は夕方ぐらいからいよいよ定跡を離れる局面になる、ということもあります。
定跡形は退屈?
この定跡通りに進行する形は、人によっては退屈だと感じられると思います。多くのプロの将棋を観るファンにとっては、来る日も来る日も同じような将棋を観ることになってしまう、ということもあると思います。もちろん棋士の方は勝負がかかっているので勝率の高い作戦を選ぶのは当然と言えます。
そして今後コンピュータの活用が進めば、さらに定跡は整備されていくはず。そうすると力戦形(定跡通りではない戦い。力将棋、手将棋ともいう)は減り、序盤はさらに、定跡をなぞる将棋に・・・?
と思うかもしれませんが、プロ棋界におけるコンピュータ将棋の第一人者である西尾明六段によれば、その逆の未来があるようです。
コンピュータによる研究の成果
2015年6月10日に発売された週刊将棋(No.1611)の「クローズアップ あの人に聞いてみたい」欄には西尾明六段が登場。
銀河戦で破竹の8連勝中である西尾六段は、その連勝中のいくつかの対局で実戦例が少ない戦型を採用し勝利を収めています。これはコンピュータソフトによる研究の成果だという。
その西尾六段の言葉を少しご紹介しますと・・・。
駄目だと言われている戦型も調べてみると実は難しい。中盤の選択肢が広い局面で正しく指せば、駄目な戦型はほとんどない
つまり従来の人間による研究だけでは、駄目だと言われていた形でも、コンピュータソフトを使って研究すると実は難しかったと。
これは、コンピュータソフトが単に優秀だということだけではなく、人間とは感覚が大きく異ることや、研究パートナーとして疲れ知らずでいつでも付き合ってくれるということもあると思います。
終盤力が大切になる
そして、西尾六段によれば、今後コンピュータの活用が進んだ暁には・・・。
序盤の作戦の幅が広がり、研究では絞り切れない時代になる
その時大切なのは中盤から終盤にかけての力。特に終盤力
定跡形ばかりではなく力将棋が増えると思うとので、見ている人はより楽しめるようになると思う
これは!!コンピュータによってもたらされる未来は、定跡をなぞる将棋とは逆の世界なのか??
そういえば、同じくコンピュータ将棋に詳しい千田翔太五段も、独創的な序盤を指すことが多いように思います。
序盤が多様化して研究で絞りきれなくなる。すると必然的に序盤以外の重要度が上がる。
結局、将棋は突き詰めればやはり終盤力ということでしょうか。
常識を覆すponanza
この西尾六段の話を見て思い出したのは、現在最強のコンピュータ将棋ソフトponanzaの開発者である山本一成さんの話。
先日の将棋電王戦FINAL第4局で、ponanzaはプロ棋士に「将棋の定跡に重大な問題提起した」と言わしめた指し手により勝利を収めています。
ponanzaは第25回世界コンピュータ将棋選手権でも圧倒的な力で優勝。
その後、開発者の山本一成さんは以下のようなツイートを。
コンピュータ将棋を見てきて7年。最近思うんだけど、少なくとも最序盤の飛車先交換ってただの手損じゃないかな・・・
Ponanzaは飛車先交換ほとんど気にしないし・・
— 山本 一成@Ponanza (@issei_y) 2015, 5月 10
飛車先の(歩の)交換というのは、以下の図のような局面に出てくる、将棋では基本中の基本と言われる手筋。
次に先手から▲2四歩として歩をぶつけて後手に△同歩と取らせます。以下▲同飛車△2三歩▲2八飛となったのが以下の局面。
先手からすると、盤上にあった歩を持ち駒にすることができ、飛車は敵陣に直通するようになり、邪魔だった自分の歩がいなくなって自陣の他の駒も活用しやすくなるというメリットだらけの手筋とされてきました。
ですので、相手としては飛車先の歩を交換されないように駒組みするのが常識です。
ponanzaはこの手筋にすら一石を投じるというのです。この手筋のデメリットは山本さんのツイートにあるように手損なこと。歩交換後の図では手番が後手に移っています。
先手としては、歩交換の代償に手番(一手)を支払った形。それでもメリットが大きいとされ、将棋を習い始めた時や初心者向けの本には必ず出てくる手筋です。
人間の感覚の作られ方?
以下、これを受けた中継記者の銀杏さんとの会話。
歩交換があまり生きない展開もあるので、半分同意というところです。
— 銀杏 (@ginnan81) 2015, 5月 10
.@ginnan81 個人的な予想では、初心者のころまったく受けれなかった棒銀を防ぐもっとも簡単な手段が飛車先交換させないであり。十分強くなってからも、その棒銀の幻影(今は強くなったので棒銀は受け止めれる)におびえて飛車先交換のメリットを高く評価しているのでは無いかと思います。
— 山本 一成@Ponanza (@issei_y) 2015, 5月 10
@issei_y 棒銀は入門書ではうまくいくことが多いですが、プロの引き飛車棒銀を見ると、浮き飛車で▲2五銀に△3三桂を用意すれば単純にはつぶれないようですね。ただし、▲2五銀を見せて相手を牽制できます。歩交換で広がる可能性と手損で狭まる可能性の天秤の評価の問題と思います。
— 銀杏 (@ginnan81) 2015, 5月 10
この会話に、人間の「感覚」の作られ方があるように思いました。
つまり、人間は初心者から徐々に強くなっていく。初心者のころの感覚を残したまま、積み上げるように強くなっていく。
ところがコンピュータは最初から強い。「初心者のころの感覚」というのが存在しない。そのため、ある意味、それぞれの指し手を平等に評価するというか。
将棋の可能性を広げる
いや、私(管理人)は将棋はまだ低段(現在初段もうすぐ二段)なので見当外れのことを言っているかもしれません。
ただ、コンピュータが、将棋の可能性を広げているということは言えそうです。しかも西尾六段がおっしゃるように、人間同士の対局をより面白くする方向に広げているとすれば、歓迎すべきことだと思います。かつて棋士は1人で研究するのが当たり前で、それが「研究会」というシステムによって研究が急激に進んだと聞いています。これは功罪あるという意見もありますが、そのような革命的な出来事が再び今まさに起きようとしている(もう半分起こっている?)のかもしれないと感じました。
西尾六段、山本さん、銀杏さん、貴重なお話をありがとうございました。
コメント
将棋を「観る」のも「指す」のも
コンピュータを「つくる」のも「使う」のも
結局、全部「人間」なのよねwww
コメントありがとうございます。
そうですね、全て人間のしていることだと思います。ただ、それぞれアプローチが違うというか。
そのあたりの違いが感覚や楽しみ方の違いとなり、将棋の可能性を広がるのだとおもいます。 コメントありがとうございます。