日本将棋連盟に、電子機器の取扱や対局規定に関する検討委員会が設置されるようで、その検討メンバーの一人である大平武洋六段が意見を募集しているとのことなので、私(当サイト管理人)も意見を書いてみようかと思って、書きます。
大平六段ご本人に読まれないかもしれないので、誰か関係者は委員会のメンバーに、取り入れるべきと思った部分だけでも伝えて欲しいです。また、私は連盟についてそれほど詳しくないためどういう論点がよいのかわからず、簡単なことを偉そうに書いてますがご容赦いただければと思います。
私の問題認識
(ここは私の自己紹介みたいなものなので飛ばしてもいいです)
私は以前、組織(将棋連盟より大きな組織)のルールの制定や改定をするにあたり、その実務を担当した経験があります。連盟の検討委員会の設置の背景には三浦弘行九段の件があると思いますので、二度と「あのようなこと」にならないためにも、私の経験などで少しでも力になりたいという思いです。
「あのようなこと」とはルール違反そのものではなくて、ルール違反の疑いをめぐる対応や関連する騒動のことです。
その原因として少なくとも、規定の不備があったことは事実だと思います。その点は谷川浩司前会長も認めています。
私の連盟対局規定に関する知識としては、以前公式サイトに掲載されていた抄録の他、2003年に将棋連盟から発行された「将棋ガイドブック」のp.76~p.87に掲載されているものだけで、現在の対局規定の詳しい内容はわからないため、私の記述内容が大平六段のいう意見募集とずれているかもしれない点はご勘弁下さい。
この記事の論点
この記事において私が委員会に対して提案することは以下です。
1.不正(又はその疑い)はどう対策しても発生するという前提に立ち、発生から処分(情報公開等含む)までの処理過程を規定によって明らかにしておく
2.規定を周知徹底する。周知徹底とはどういうことかという、その例を示します
3.検討委員会の役割。委員会は常設し、常に情報収集し定期的に改定を議論し、制定や改定だけでなくその実施にも責任を持ち、処分の際には常務会に助言する役割を持つのがよいのではないかと思います(常設する組織の名称として「検討委員会」はふさわしくないかもしれない)
不正(又はその疑い)の発生する可能性を減らすためのことについては、この文章では論点としません。それは多くの方が指摘されていると思いますので、私は別の観点からということです。
1.不正(又はその疑い)は必ず発生するので、発生後の処理過程を明らかにしておく
まず、私は「不正(又はその疑い)は必ず発生する」という前提に立ちます。金属探知機でボディチェックをしても、妨害電波を流しても、裸で対局しても、例えば共犯者がいれば不正はできます。記録係、観戦記者、立会人、同じ部屋にいる別の対局の対局者、連盟職員など、多くの人が共犯者になりえます。さらに電子機器の技術的進歩が不正を可能にします。
そこで、発生後の処理過程こそ「あのようなこと」にならないために重要だと思っています。
前述の通り、私は現在の詳しい対局規定を知らないのでわからないのですが、例えば
「不正が疑われる行為があった場合、常務会がその内容を調査して裁定する」
という文言だったら、これはいかにも「不正が発生しない」か「発生したら考えよう」という前提で書かれているようで頼りないです。(上記文言は、将棋世界2016年12月号の田丸昇九段の記事「盤上盤外一手有情」に記述がある)
我々には「言葉にしないこと」を良しとする文化があるようで、明確にルールを決めることに対する抵抗感がどうしてもあるように思います。「以心伝心」、「言わなくてもわかる(ことは言わない)」「厳しい規制を設けるのは組織として恥ずかしい」。しかしこの際それは置いといて、野暮でも明確に文章化したほうがいいと思います。
以下に書くことは、一例で、内容に意味はなく(内容はテキトーです)、過程を定義するべきだろうという意味でのサンプルです。基本的な考え方としては、一つ一つの時点において、誰が、いつ、どう行動するか、および行動の判断基準を設けておくことです。
・連盟正会員または職員は、対局中の不正が行われた疑いがあると認めた場合、すぐにその対局の立会人に通報する。
・(不正があったと疑われる対局が、まだ対局中の場合)立会人は、別紙1の判断基準を参考にして、対局を中止するか、一時中断するか、継続するかを決定する。中止した場合は、以下の「既に対局を追えている場合」に従う。継続、または一時中断し再開した場合は、対局終了後、当日中に常務会に報告書を提出する。
・(不正があったと疑われる対局が終了している場合)立会人は別紙2の判断基準を参考にして、すぐに常務会事務局に通報するか、当日中に常務会に報告書を提出する。
別紙1:
・明らかな不正の根拠がある(外出した現場を押さえた、電子機器操作中の現場を押さえた、証拠写真があるなど)場合は、対局を中止
・上記には該当しないが、疑われそうなことをしている(記録係や観戦記者との不要な会話や合図による会話の疑い、トイレにXX分以上こもる、1時間あたりXX回を超える離席など)場合は、対局を中断。立会人は現場の保全、再度のボディチェック等、対局者本人からの聞き取りを行い不正の有無を確認する。証拠がなく対局を再開する場合は、状況を指定の様式の報告書を当日中に常務会に提出する。証拠がある場合は対局を中止
・人間には指せない(ソフトじゃないと指せない)ような手が指されたとか、そういうことを指摘されても対局は継続。ただし報告書は必要。
※もっといろんなケースを想定して細かく書いておいて、立会人の判断がぶれないように
別紙2:別紙1と同じような感じで、判断基準を設ける
・常務会事務局は、不正の疑いの通報を受けた場合、すぐに担当理事に通報する。
・通報を受けた担当理事は○日以内に誰々と誰々を招集し(以下略)。
・通報者(告発者)は、担当理事の求めに応じ、○日以内に不正の根拠となる情報を提出し(以下略)。
・事務局は、当該対局の結果を「審議中」にして公表し(以下略)。審議中に別の対局が行われる場合は(以下略)。同時に不正の証拠の収集と保全を(以下略)。
・常務会は、○日以内に処分を決定する。その際の判断基準は別紙3に沿って(以下略)。通報者(告発者)の悪意による通報と判断する場合は別紙4に沿って(以下略)。処分決定後、○日以内に処分に関するリリースを(以下略)。
(以下略)
例なので略ばっかりですが、少なくともこのような過程を定義して「疑惑発生」から「処分(およびその発表)」までの規定を作っておくのがよいと思います。私の考えではこの処理過程の定義だけでA4用紙10枚以上の資料になると思います。
この定義の作成・議論の過程で疑惑発生~処分までをシミュレートすることになります。処分(特に量刑)の妥当性が、疑いの発生後ではなく、発生前に議論できるようになります。どの程度の疑いであれば出場停止処分が妥当なのか。明確な証拠があっても、本人が否定している時はどうすればいいのか。いざその状態になってからではなく、事前に議論しておくことができます。
立会人や理事ら個人の判断ではなく、規定によって処分が判断されるのがよいと思いますし、その意味で検討委員会は処分に関する責任を負います。
またこのように情報管理を含めて決めておくことで、関係者や正会員の中から「あの不正に関する情報がリリースされない。隠蔽されるのでは」といった心配からの情報流出の低減になると思います。
対局規定を公表すべき(全文?)だという意見もありますが、一般的にいってこういう細かいレベルの組織内ルールは公表してないと思います。ただし、外部向けに何らかの文書はあってもいいと思います。
公表しないかわりに、対局規定や、処分結果に関する監査を受けてもいいと思います。誰が監査するのがふさわしいのかはわかりません。不正があったときの直接的な被害者である、スポンサーとか、同じような課題があると思われる日本棋院とかでしょうか。
2.周知徹底とは
2月に外出禁止規定に違反した棋士二人は「規約に対する理解が不十分だった」そうです。
私の経験では、一流の大学を卒業した人達ばかりの組織でも、簡単なルールを理解しない人が一定数います。頭がいい悪い倫理観があるないということではなく、そういう人はルールについての興味がないということだと思います。興味がない人に対する説明の仕方が課題です。これも、誰がいつどういうやり方でというのを定義しておきます。
例えば以下のようにします。
(例)
検討委員会は、ルールの施行日の○ヶ月前までに通知を行う。また、その内容を説明し理解させるための方法を検討する。例えば、対象者(この場合は「対局者」)向けに配付する文書によって説明し理解させる、ルール説明のための会を開催して理解させる、面談して説明し理解させる、などである。
検討委員会は、説明の内容を、後からでも再現可能なように記録しておく。(どのように説明が行われたかを示す証拠とする)
対局者は、説明を受けた内容について質疑(応答)をして、質問がなくなれば「もう質問がない」ことを表明する(1)。(質疑応答の内容は必要に応じてルールに反映します。反映したら、それも必要に応じて再通知)
さらに対局者は、その通知内容についてのテストを受ける。例えば「対局中にトイレに20分以上こもるのは許されるか?」「対局中、昼食中であれば外出してもよいか?」のようなテスト内容。このテストに合格したら(2)、ルールを理解したと判断する。
(1)質問がない(2)テストに合格した、この状態になった場合、対局者は専用の用紙に署名(名前、日付)します。
対局者は、ルール施行日以降の最初の対局までに、署名した用紙を常務会に提出する。対局日の対局開始時刻になっても署名が提出されていないと、対局できないので遅刻扱いとなる(その場で急いでルールを理解し、署名する必要があります)。対局規定のような簡単なルールであれば滅多にないことだと思いますが、いつまで経ってもテストに合格しない人もいるかもしれません。その場合の対処も示しておきます。例えばそういう人には専用の監視員を配置するなどです。
「対局者」と「立会人」では知っておかなければならないルールの範囲が異なるため、立会人になる可能性がある人の場合は対局者向けとは違う説明を受ける必要がある。テスト内容も、不正の疑いが発生した場合に立会人として行動できるレベルを担保する。
これは決しておおげさなことじゃなくて、こういうレベルのことは普通の企業でもやってます。従業員の不祥事は会社の不祥事ですので。
運転免許証の取得や更新のときの簡単なテスト、講義を思い浮かべ、ああいうレベルでよいと考える人もいるかと思いますが、そうではないです。道路交通法に違反しても運転者の自己責任とみなされるだけですが、棋士が規定に違反した場合は棋士個人だけではなく連盟の信用をも失うことになりますので、運転免許証取得・更新時レベルの教育では不足だと思います。「理解が不十分だった」などとは言えない状況が必要です。
また「質疑応答」があることで、規定が厳密化される可能性があります。例えば三浦九段の件では、常務会は「むやみな長時間の離席は控える旨の通知」を出し、三浦九段は観戦記者と相談の上「10分以上の離席は控える」という基準を自らに設けましたが、この解釈は常務会の意図とは違った部分があったようです。解釈の違いが生まれないようにしたほうがいいです。
もし理解するのが難しいルールであれば、規定の文言だけではなく、その目的を認識させたり、わかりやすい図表や寸劇を用いて説明し理解を促すことも必要です。
3.対局規定検討委員会(管理委員会)の役割
「検討委員会」は常設したほうが良いと思います。(常設であれば検討委員会という名称がふさわしくないかもしれません。対局規定管理委員会とか、そういう常設らしい名称の方がふさわしいのかも)
日々、電子機器やデバイスの進歩があり、不正に関する状況は刻々と変化、それに応じて対局規定の改定は常に検討する必要があるからです。「ルールの整備が遅れた」などという状況は二度とあってはいけないと思います。正会員か職員の誰かがルールの改定の必要性に気付いた時、その連絡先が常に必要です。
企業であれば、専門の部署やチームが社内だけではなく常に外的環境の変化を追い、自社の業務がそれに適合するかチェックしています。場合によっては他の企業との意見交換も必要となります。
同じように委員会のメンバーは連盟内部の意見を集約するだけではなく、チェス、囲碁、バックギャモン等の対局ルール、あるいは新たなに発表された電子デバイス等による不正の可能性について、常に情報を入手するように務め、対局規定に反映させることが必要かと思います。必要に応じ対局規定を担保するための技術を導入する必要があるかもしれません。例えば記録係が不正の温床だとされた場合、記録の自動化が技術的課題となるかもしれません。
また場合によっては、チェス界や囲碁界の対局ルールの専門家と意見交換したりして、(話が少々飛躍しますが)世界のボードゲーム業界の不正対策の議論や技術を将棋界がリードするようになれば、将棋界の価値がボードゲーム業界の中で向上するはず。これは企業も同じで、業界大手の企業であればその業界の仕組み作りに関与し貢献しますし、そうなれば他社からの情報や技術も入ってきやすくなります。
今回問題になった「一致率」に関する考え方とかも。日頃の意見交換から、それがどのような意味を持つのかなど、専門的な知識を蓄積しておいて、常務会の求めに応じてすぐに意見を言えるような体制が望ましいです。
定期的に委員会を開催し、寄せられた意見や改定案を議論、なるべく早く施行すべきか、ある時期にまとめて施行するのにあわせるのか(まとめて施行するのは前述の通知のコストを抑えるため)、などを議論して結論を出します。
このような委員会の役割自体を、対局規定中に定義するべきだと考えます。
その他
以下、一応これまでに棋士から出たルールに関する意見をまとめておきます。私の私的なメモのようなものです。
佐藤康光会長は、外出事件後の報道で、
監視の強化も検討する
とコメントされています。
監視カメラの台数を増やして、棋士の昼食中の風景とかや検討室の風景、将棋会館前の風景とかもネット生放送で配信したら、監視の強化のついでに一部のファンの需要も満たしてよいかと思ったのですが、対局者は窮屈でしょうか。
片上大輔前理事は外出事件後にブログで
まずはルールの周知徹底と、対局環境については、今後さらなる議論が不可欠です。
と書かれています。外出事件に関してはまさに周知徹底の不備。対局環境の議論についてはちょっとわかりませんが、一部で話があるように、将棋会館内にコンビニやカフェを設けるとか、そういうことでしょうか。あるいはカメラの台数を増やすとかして、不正の疑いがあった時に行動を再現可能なようにしておくとか。
大平六段は、ブログで
次が起る前に、厳しいルールを作るのが大事だと思いますが実現することを祈るばかりです。
と書かれています。「厳しい」の意味は、ブログを読むと罰則の強化と、ルールの明確化(厳密化、東西統一など)と両方の意味にとれました。私は今回のこの記事では「不正(又はその疑い)は発生する」という前提に立ち、主に発生後~処分までについて書きましたが、ブログを読むと発生の抑止力としてのルール明確化も必要だと思いました。
長くなりましたのでこれぐらいで終わりにします。この記事が何かの役にたてば幸いです。
また、規定は作って通知して終わりではなく、運用上のテクニックやそれに関する論点もありますが、それはそれで長くなるので別の機会があれば書きたいと思います。
コメント
ご意見には概ね同意しますが、しいて言えば「立会人の養成」が必要ですね。規則の周知徹底をすれば、それを受講した棋士ならば誰でも立会人になれるのか・・・疑問です。そもそも、立会人は棋士以外の外部者が担当するべきかも知れません。
素晴らしいご意見かと思います。
かなり具体的ですね。
私はざっと大雑把なものを考えてみました。
不正防止策
1.人的-教育
2.構造的-罰則(出場停止・反則負け裁定・持ち時間減・厳重注意)
3.環境的-対局環境(密室空間を作らない・運営と無関係な人と接触させない)
4.管理的-立会・記録・監視
5.不正減少目的規則作成-(電子機器制限・外出制限)
不正対応策
1.対局中対応-中断・中止
2.対局後対応-聴取・処罰・調査
不正被害救済策
1.不正対局の被害者保護-敗戦棋戦の復活・記録抹消・金銭補償
2.処分に対する異議申立
やらなければいけないことをまとめた上で、それをどうやって運用に落とし込んでいくかを考えること、人手や費用も無限にあるわけではないのでその辺のバランスを考えたルールが必要ですね。
カンニングの告発や発覚後の対応を明確にしておくと点には管理人さんに賛成です。
私の意見としては、
将棋も結局はチェスや海外の囲碁と同じように、”持ち時間を短くしていく方向”になるんじゃないかと思います。(スピード重視になると若手が有利となり、チャンピョンはいずれも20代ですけどね。)
対局時間を短くすれば、自ずと席を立つ時間も減りカンニングを試みることが難しくなるはずです。大の男が長時間も向かい合って座って対局していると、席を立って気分を変えたいなんてのは当たり前の話で、そういった事になりにくいルールにするというのも大事だと思います。
(ファンの楽しみとして何を昼に食べたとか、おやつは何かってのが楽しいですけど、棋士を守るためには仕方ないかな。あと、高齢の棋士のために椅子対局も考えるべきかなと感じます。)
>将棋会館内にコンビニやカフェを設けるとか
採算が合いません。
それとも、赤字分を連盟が補てんするんでしょうか。そんなお金あるんですか?
対局時間を短縮するのが一番経費がかからず簡単な方法ですね
でも自分はどんな良いプランでも賛同を得るのは難しいと思います
これほどの不祥事があっても理事解任はギリギリの可決
以前には不正防止ルールすら否決されたぐらいだし
日本バスケ協会も文部科学省、JOC、日本体育協会のバックアップがあってようやく体制をつくりなおした
このぐらいの大規模な変更は文部科学書あたりの中立の第三者が介入しないと不可能でしょ
不正を訴えられた時の対応マニュアル的なものは必要ですね
私は今回、将棋連盟にはポリシーというか指針が見えない団体だ、と感じました
元々は棋士の互助組織だったと聞いていますので、なによりプロ棋士を大事にする指針があるのかと勘違いしていたようです
連盟にとって大事なことは何なのでしょう?
例えば、連盟という団体は文化の継承を謳っています、将棋文化として残すべきはどこなのでしょうか?
まずは宿泊の伴う二日制の対局は文化の継承として必要かどうか、などを検討すべきでしょう
不正防止のために今あるもののどこを削り、どこを残すのか
予算をかけてでも、守るべきところはどこなのか?
そういう事を決めないと行き当たりばったりになりそうです