第65回NHK杯テレビ将棋トーナメント1回戦第11局は、2015年6月14日に放送されました。
▲稲葉陽七段VS△佐藤天彦八段という、若手の強豪同士、前年の順位戦で昇級し勢いのある者同士(稲葉七段はB1へ、佐藤八段はAへ)、しかも同じ年に生まれた(1988年、ただし学年は佐藤八段が1つ上)棋士同士ということで、解説の中村太地六段いわく「1回戦屈指の好カード」でした。
その好カードにして、終盤、まさかの逆転が待っていました。
詳しい棋譜はNHK杯のホームページでご確認ください。
横歩取りに
横歩取りで圧倒的な勝率を誇るという佐藤八段に対して、先手の稲葉七段はそれを避けず。
正々堂々と戦型は横歩取りとなりました。
早々に後手の佐藤八段から仕掛け、稲葉七段は受けに回る展開に。
絶妙の金引き
54手目、後手の左銀が進出し、先手の飛車は詰まされそうな形に。これは後手の攻めが快調か。
しかし次の手、先手がまさかの金引き。後手の角は敵陣に直通しました。
角を成らせて香車を取らせてもいいというこの一手。後手はすぐに香車を取りました。この局面について、放送後、佐藤八段がツイッターで以下のように感想を述べています。
今日のNHK杯をご覧いただいたみなさま、ありがとうございました。序盤はやや攻めが軽いかと思ってましたが、難解。55手目▲67金から流れが変わり、以降の中盤は上手く指されて徐々に苦しくなっていきました。最後は幸運にも相手玉に詰みがあり、なんとか勝つことができました。次も頑張ります。
— 佐藤 天彦 (@AMAHIKOSATOh) 2015, 6月 14
なるほど、確かにこの一手で流れは変わったように見えました。
その後、後手は馬が消され、先手が反撃する展開に。
先手優勢で迎えた終盤
後手の佐藤八段は形勢が悪くなった終盤に勝負手を連発。まずは飛車取りに銀を打ちます。
終局後、佐藤八段は「(形勢は)つらかったが、どうにかイヤミをつけてというところ」とこの局面の心境を述べていました。
先手は飛車を逃し、後手は桂馬で王手。
先手は飛車で打たれた桂馬を除去します。
対局後の感想戦によれば、この手に代えて▲8八玉と逃げていても先手が優勢だったようです。
佐藤天彦八段の好きな駒は飛車
解説の中村太地六段によれば、佐藤八段が好きな駒は「飛車」で「棋譜とかを見ると、佐藤さんは飛車を攻めにいったり、飛車で攻めるのが好きだったりする」らしいです。
聞き手の清水市代女流六段は「佐藤八段が飛車や竜が好きな理由は、強くてカッコイイから」とも発言していました。
そういえば佐藤八段は、本局の中盤でも銀を進出させ飛車を詰まそうとする場面がありました。この時は稲葉七段の絶妙な金引きにより、飛車を逃しましたが、この終盤でついに大好物を入手しました。
逆転、そして頓死
飛車を取られた直後の105手目、▲6二歩成と踏み込んだ稲葉七段。
そこから△3三金、▲3三同馬となり、これで後手玉は受けなしに。
しかし、ここから佐藤八段が鮮やかに先手玉を詰ませました。まず△5六馬。
玉を下段に落とし大好きな飛車を放ちます。△4九飛。
ここから2、3手進んだ局面で、解説の中村六段が詰みに気付いた模様で「これは・・・詰んじゃいました。やってしまいましたね、稲葉さんの方としても。んーこれは頓死になってしまいましたね」といつものように淡々とした口調で詰みを解説。その分、清水女流六段が「ええっ・・・でも・・・ええええ!!」と驚いていました。
以下即詰み。△5六馬からのあわせて17手詰めでした。佐藤八段はこの局面についてツイッターで解説。
ちなみに、114手目△49飛の局面は、▲59金なら△68銀成▲同玉△67金▲69玉△59飛成以下詰み。▲59角も△68銀成▲同玉△48飛成▲同角△67銀打以下詰み。要するに、107手目▲33馬の時点で先手玉は詰んでいたことになります。さらに、先手がこの局面に誘導したのは105手目
— 佐藤 天彦 (@AMAHIKOSATOh) 2015, 6月 14
▲62歩成からです。ここで▲42銀成△同玉▲66馬もありますが、△55銀で粘られ、優勢な先手としては嫌なところ。本譜は頓死といえばそうかもしれませんが、▲62歩成の時点から先手玉の不詰みを完全に見切るのは難しいはずです。ですから、最後に稲葉さんが逃げ間違えたわけではありません。
— 佐藤 天彦 (@AMAHIKOSATOh) 2015, 6月 14
最後はインパクトがあったかもしれませんが、実際は▲66飛~▲62歩成の決断が裏目に出てしまった、くらいの紙一重のところだったと思います。以上、終盤についての補足でした。
— 佐藤 天彦 (@AMAHIKOSATOh) 2015, 6月 14
確かに、手元のソフトでも107手目▲3三同馬とした局面で、先手玉に即詰みが生じています。
やはり佐藤八段の解説通り、▲6二歩成までの手順で後手にチャンスが生まれ、▲3三同馬で決着してしまったようです。
中村六段はこれを「頓死」と表現、佐藤八段は「本譜は頓死といえばそうかもしれません」と表現しました。「頓死」の意味は、日本将棋用語事典によると下記です。
最善手で対応していれば詰まなかった王手に対し、応手を間違えて詰まされてしまうこと。または詰めろをうっかり見落としたために詰まされること
この場合は後者の意味にあたります。「うっかり」かどうかは微妙ですが・・・。
激戦区
稲葉七段にとっては悔しい敗戦ですが、解説の中村六段も途中まで詰みに気づいていなかったようですので、これは佐藤八段の終盤力を称えるべきなのだと思います。
詳しい解説はNHK将棋講座テキスト8月号に掲載されます。
逆転勝ちをおさめた佐藤天彦八段ではありますが、トーナメント表(NHK杯のホームページ)によればこのブロックは激戦です。
2回戦の相手は郷田真隆王将。
それに勝つと、谷川浩司九段VS阿部健治郎五段の勝者VS渡辺明棋王の勝者との対戦。
トーナメントを制するには運も必要、ということはよく言われますが、この逆転勝ちはもしかして・・・と期待させるものがありますね。
以上、1回戦屈指の好カードでした。ありがとうございました。