2015年8月2日に行われた「第49回東急百貨店将棋まつり」の大トリを飾る席上対局・東急ファイナルビッグ対局(非公式戦)では、思わぬことが勝負の行方(ゆくえ)を左右した可能性がありますので、ご紹介します。
この東急ファイナルビッグ対局のカードは、▲屋敷伸之九段VS△行方尚史八段。ニコニコ生放送で中継されました。
詳しい棋譜は日本将棋連盟モバイルの中継アプリでご覧ください。
ファイナルビッグ対局
この対局は、イベントに集まった観客の目の前で行われる席上対局で、しかも会場は広くなくてお客さんと対局者の距離はかなり近い(数メートル)という状況。
序盤は先手の屋敷九段が意欲的な指し回し。
普通居飛車では守りに使うはずの左銀を前線に繰り出し、中央を攻めます。解説の佐藤秀司七段によればこれは「屋敷九段のマイブーム」。
先手はさらに右銀も攻撃に参加し「カニカニ銀」に。
時間を使ったのに
そして以下の局面で事件が起きました。
先手が▲3四歩と銀交換を狙った手に対し、後手の行方八段は(15分の持ち時間のうち)残り約2分半をすべて使う長考。さらに30秒の秒読みも26秒まで読まれて、△3四同銀。
行方八段は、この手について終局後に大盤で行われた感想戦で以下のように述べています。
行方八段「ちょっと、このあたりで僕の時間が切れたんですけど、お客さんから『後手の人は時間使った割には平凡な手しか指さなくて、何のために時間使ったのかわからない』という声が聞こえてきて」
この発言に、観客のみなさんは爆笑。そして。
行方八段「まあ、それでちょっと正直、これは勝たなければいけないなと。一人でちょっとカチンと来まして」
闘志に火をつけた
このお客さんの声は屋敷九段にも聞こえていたようで「ちらほら声が聞こえたんですけどね」と話し、行方八段も「聞こえてますからね!」と続け、客席は大いに盛り上がりました。
屋敷九段は「闘志に火をつけちゃいましたね」と、観客の声で行方八段が発奮したとの見解。
行方八段は「確かに、確かにここまで平凡な手しか指してない。すっかり屋敷さんに翻弄されて」と自虐的に語っていました。
まあ、確かに、打たれた歩を取るという第一感思いつく平凡な手ではあります。でもプロはやっぱりプロの読みがあるのだと思いますが。
また、観客も観客で、ヤジる意図はなかったかもしれません。本当に素朴な疑問として「時間使ったのになんでだろう?」という感じだったのかも。
平凡な手が勝ちに
観客からの心ない(?)ヤジを受け、怒りに震えスーパー行方八段となった後手は、その後の先手の攻撃を受けきり反撃。
以下は先手が▲4四角とした局面。ここで先手玉に詰みが生じています。後手をもって、先手玉を詰ませてみましょう。
上記局面から3手後(△5七桂 ▲7九玉 △6九金)、以下の局面で先手が投了。
▲8八玉 △7八飛成 ▲同玉 △8七金までの即詰みです。
感想戦の最後でも
感想戦の最後に、事件を蒸し返す屋敷九段。
屋敷九段「やっぱり(さっきの)お客さんの声が入って」
行方八段「これは、切られ役で終わったらもう、何を言われるかわかんないから。もっと酷いこと言われそうだったんで」
屋敷九段「闘志に火がついたんですか?」
行方八段「心してかかりました。やっぱり屋敷流の急戦、面白いですね」
屋敷九段「あ、ありがとうございます。いやなんか負かされてこんなん言われると」
行方八段「上から目線でした(笑)。ギャラリー受けする将棋で。夏らしく爽やかに」
屋敷九段「爽やかに、散っちゃいましたね」
夏の思い出に残る、A級棋士2人のトークでした。
検証
問題の場面、ニコニコ生放送をもう一度観直してみると、確かに客席から男性の声で「時間使ったのに・・・」と聞こえます。
席上対局では、棋士は盤面に集中していて周りの声は聞こえていないと言われますが、この日の対局者二人にはバッチリ聞こえていたようです。非公式戦というのもあるかもしれませんが。
たぶん、公式戦の席上対局だったら事前に「音や声を出さないように」という注意喚起があると思うんです。ニコニコ生放送を観ている限り、このファイナルビッグ対局ではそういうのがなかったので、自由な雰囲気だったのかもしれません。
以上、一人の観客のヤジによって勝負の行方(ゆくえ)が決したかもしれない、という珍しい対局のご紹介でした。
コメント
時間を使ったからには派手な手を指すべきってわけじゃないですが、観てて盛り下がるって人もいるんでしょうかね。
時間を使って読んでいた手を切り捨てるのもなかなか胆力がいりますし、そういう過程を経て平凡な手を指したならそれもまたドラマかなと思いますけど。
それにしてもナメちゃん正直だなぁw
> ▲8八玉 △8七飛成 ▲同玉 △8七金
もしかして「▲8八玉 △7八飛成 ▲同玉 △8七金」でしょうか?
匿名様:
コメントありがとうございます。
時間使うと「意外な手が出てくる予感」みたいのがあるのかもしれませんね。
それで、盛り下がる程ではないにしても、「あれ?普通だった」みたいな。それを口に出して言っちゃったと。
まあお祭りなのでいいと思いますし、行方先生も楽しそうにお話されてたので、お祭りならではという感じで面白かったです。
将棋は見る人によってはけっこう、いろんな見方ができますからね。ドラマを感じ取るのもひとつの楽しみだと思います。
コメントありがとうございます。
j8takagi様:
ご指摘ありがとうございました。
その通りです。酷い間違いでした。
記事を修正致しました。ありがとうございます。