1998年に29歳の若さで亡くなった村山聖九段について、多くの将棋ファンは知っていることと思いますが、私(管理人)は将棋ファン歴が浅いことから、この伝説的な棋士のことをあまり知りませんでした。
その村山九段の特集が2015年4月21日放送の日本テレビ系「解決!ナイナイアンサー」という番組でやっていましたので、将棋サイトを運営するからにはこれぐらいは知っておかなくちゃいけないな、と思って視聴してみました。
この記事は、その感想を綴るという、管理人の個人的な思いだけが掲載された記事です。
番組内容
番組は、村山聖九段の生涯をドラマ(再現VTR)仕立てにしたものでした。おそらく将棋ファンであればご存知のお話も多いと思いますが、ナイナイアンサーでは母・トミコさんの視点でドラマ化されていました。
以下、簡単ではありますがストーリーです。
ストーリー
聖さんは3歳のころから頻繁に熱を出す。トミコさんはそのたびに聖さんを近所のかかりつけの病院に連れて行くが、その病院では精密検査ができず、ただの風邪だと診断され続けてきた。
しかし一度偶然総合病院に連れて行ったところ、「ネフローゼ症候群」だとわかる。その時、トミコさんは医者に「大変な病気にさせてしまいましたね」と言われる。早く精密検査を受けさせなかったことで病気が進行した・・・これがトミコさんの心に後悔とか罪悪感としてずっと残り続ける。
その後、聖さんは病室で、父親に与えてもらった将棋を覚え、のめり込む。13歳のとき、聖さんは両親の反対を押し切って奨励会に入会。森信雄五段(当時)に弟子入りする。奨励会を3年というスピードで駆け抜けプロ棋士に。
聖さんは「名人になって将棋をやめてのんびり暮らす」「素敵な恋をして結婚して子どもを作る」という2つの夢を持つようになる。
一方、トミコさんは「病気にさせてしまった」ことに加え「過酷なプロ棋士という道を止められなかった」ことを後悔。
聖さんはやがて膀胱がんも発症。28歳で手術を受けて、膀胱を摘出し、子どもを作るという夢を失う。しかしもう一つの夢、名人を目指して将棋を指しづける。
そんな中、聖さんにがんの再発が発覚。罪悪感と後悔で途方にくれるトミコさんに、聖さん「母さん、うどんを食べに行かないか」。
うどんを食べに行く途中、「羽生善治四冠に勝ちたい」と語る聖さん。それで、トミコさんは息子の夢を心から応援したいと思い、「この子と関わってきて良かった。(自分が辛い時に、うどんを食べに行かないか、と言ってくれる)優しさが胸にせまった」と、このあたりでトミコさんの罪悪感は消える。
NHK杯決勝で羽生四冠と対決するもポカミスにより敗れる。聖さん「優勝するはずだったんですけど、負けてしまいました。残念です。なんか、勝てそうだなと思ったんですけど、ポカをやってしまいました」。
その5ヶ月後、1998年8月8日、聖さん死去。
感想・・・
日本テレビさん、村山聖九段の特集ありがとうございました。
その上で、すこーーしだけ不満を述べるとすれば、若干演出が大げさ(詳細は後述)・・・むむむ。これがテレビの良さといえば良さ、わかりやすさといえばわかりやすさ、短時間で伝えようと思ったら仕方のない部分かもしれません。村山聖九段に関する本が何冊か出ているので、読んでみようと思います。本を読んだ方がよさそう。
本を読むきっかけを与えてくれた、日本テレビさんありがとうございます。
帝王・羽生善治
VTRの途中、羽生善治名人ご本人が登場しました。「村山に立ちはだかったのが、将棋界で20年以上トップに君臨する帝王・羽生善治」というナレーションとともにバーンと
帝王・羽生善治
というテロップ。
羽生さん、帝王だったんですね。
名人目指していたのがなぜかNHK杯に・・・
村山聖さんは「名人」が夢。なので「名人戦で惜しくも敗れ・・・」みたいなストーリーが日テレ的には欲しかったのだと思われるのですが、その代わりに「NHK杯決勝」が充てられました。観ていない人向けの番組の流れ。
膀胱がんの手術を受け、子どもを作るという夢を失った村山
↓
もうひとつの夢、名人を獲るために立ち上がった
↓
名人は将棋界で最も歴史ある称号だ
↓
村山は連勝街道を爆進し、A級に返り咲いた
↓
そこに立ちはだかったのが帝王・羽生善治
↓
羽生さんコメント「誰も気付かないような意外性がある手を指せる棋士」
↓
村山は決勝戦の羽生との対決まで勝ち進んだ!
↓
村山、がんの再発が発覚。うどん食べる
↓
宿敵・羽生善治との最後の戦い・・・NHK杯決勝!
わかりますかね。私が細かい性格なんでしょうか。
夢は名人→A級に返り咲いた→立ちはだかる羽生帝王→さあ対決だ、NHK杯決勝!
名人と関係なくなってる!!
NHK杯は録画
そのNHK杯決勝、聖さんの父親はテレビにかじりつき応援。しかし母・トミコさんは将棋という息子にとっての過酷な道に複雑な思いを抱き観ることができない・・・という感じのドラマ仕立てでした。
しかしですね、NHK杯、録画なんですよね・・・。棋士って両親にも結果を言ってはいけないのか・・・さすがに知っていそうな気がして。
短時間でわかりやすく、というテレビの趣旨からいえば、もちろん許容できる範囲の演出ですが。
日本テレビなのに竜王を・・・
この番組が放送された日本テレビの親会社といえば読売新聞。読売新聞といえば竜王戦の主催。
にもかかわらず、「名人は最も歴史ある称号」という説明とともに、以下のように各タイトルの文字が映されました。
————-
王座 棋聖
王位 名人 竜王
王将 棋王
————-
ちょとわかりにくいかもしれないんですが、何を言いたいかというと、名人以外の6タイトル、同じ序列かのように書かれていたんですよ。
いや、これは正しいんです。村山聖さんが名人を目指していたので。ですが、読売新聞グループである日テレが竜王をこのように扱うとは、あとでスタッフが怒られないか心配になっただけです。
羽生帝王インタビュー
VTRの最後に、羽生帝王のインタビューが。ありがたい。
帝王は「ほんとに、んー、短い期間んーでし、か、まあ棋士としてはまあ活動ができなかったっていうところも、まあありますし、んーだけどやっぱりこう、んー印象にのこるというか。こう、影響を与えてくれたっていうことも、まあ、ある存在でもありますし。これだけ歳月が経ってもやはり、こう人々の心に、なにかこう、伝わるとものというか、あるというのがやっぱりすごいなぁと」とコメントしていました。
「東の羽生・西の村山」と並び称されていたんですね。
しかし本当に、もう村山さんが亡くなってから20年近く経つというのに、やはり多くの人の胸に刻まれた記憶なんですね。
村山さんの将棋、観てみたいな、と思いました。
市川海老蔵さんコメント
このVTRを観た市川海老蔵さんは「父が将棋が大変好きで有段者だったんです。羽生先生と村山先生の対局を父が見ていたのを思い出した。父が『この人病気なんだよ』と言っていたのを思い出した。いろんな思いで拝見した」とコメントしていました。
海老蔵さんの父といえば、一昨年に亡くなった市川團十郎さん。團十郎さんも将棋が好きだったんですね。初めて知りました。
最後に
以上、感想でした。感動的な番組に、こんな感想で、もし不快に思われた方がいたらすみません。どうしても演出面が気になったものですから。
いろいろ書いてしまいましたが、村山聖九段のことを知るきっかけになり、良かったです。それから、あまり記事中では触れませんでしたが、母・トミコさんの現在の思いを聞けて良かったです。
最後になりますが、師匠・森信雄七段もご出演されていました。村山さんの当時の「(病気のために)母親に頼らざるを得なかったのが引け目だった」という思いを話していただきました。親子で、ともにお互いに引け目を感じて生きておられたんだと思うと、辛いものがありますが、それも最後に解消されたと思えばほっとしました。
日本テレビさん、ありがとうございました。
コメント
番組見てないですが、テレビなんてそんなもんです。
キッカケとしてだけ感謝して、即忘れて、本を読んだ方がいいですね。
マンモスです。
まあ、テレビなので致し方ないところもあるのでしょうね。
私は「聖-天才・羽生が恐れた男」(マンガ)で村山聖さんを知り、「聖の青春」を読んで涙しました。
aaa様
コメントありがとうございます。
そうですね。番組に大きな不満があるわけじゃないです、むしろ特集してくれて感謝ですし、いろいろ知ることができました。
このように棋士の生き様を描いてくれるのはありがたいことです。本読みます。
コメントありがとうございます。
kewpiehoney様
マンモスです。
本のご紹介ありがとうございます。私も読んでみたいと思っていた本でした。
やっぱりタダで寝ていても受動的に手に入る情報と、お金をだして能動的に手に入れる情報は質が違いますよね。
読んでみます。
コメントありがとうございます。
マンモス再び。
管理人様、私は二つとも図書館で借りて読みました。
マンガの方は読みやすいですが、残念ながら実話ではない描写もかなり盛り込まれています。
再マンモスありがとうございます。
図書館、そういう手がありましたね。私も技術書なんかは大量に借りることがありますね。
やっぱり漫画は読みやすさわかりやすさの配慮でしょうかね。
この際だから図書館で将棋の本を大量に借りようかな、と思ったコメントありがとうございます。