週刊少年ジャンプの漫画「ものの歩」の第14話です。
あらかじめ表明しておきますが、今回の話はこれまでの中で最も深い意味をもった話です。
前回は掲載順番が最後の方になってしまい打ち切りかと思われたのですが、今回は後ろから9番目に浮上していますので一安心。前回は、竜胆と一緒に団体戦に出場することになったところまででした。詳しくは以下の記事で。
「ものの歩」第13話。掲載順が後ろのほうだと打ち切りの可能性があるらしい
私はこの漫画をシェアハウス漫画に分類していたのですが、どうやらシェアハウスあるある路線とはお別れするようです。代わりに、今回はいろいろとあらぬ展開を見せました。
あらすじ
ゴールデンウイークになった。
シェアハウス「かやね荘」はGW中は「順次帰省するから閉めちゃう(泰金談)」という謎のルールがあるようです(後述)。帰省しない信歩は、竜胆の実家で将棋合宿という名のお泊りをすることに。
ところが、竜胆は信歩がなかなか成長しないことに苛立つ。蒼馬と対局するには大会の決勝まで残る必要があるらしい。お泊り3日目にして二人は喧嘩。信歩は竜胆の家を出て、相楽十歩の家に行く。
信歩は十歩に棋力が伸びない悩みを相談。十歩は「得意戦法を1つ決めて打ち込んだほうが良い」と助言する。数多くの戦法の中から信歩が選んだのは「矢倉」。その決め手となったのは「矢倉は将棋の純文学だ」と故・米長邦雄永世棋聖が発言したとされる資料。資料には「江戸時代から存在する格調高い戦法」ともある。
十歩は、矢倉が「信歩に向いている」と強く勧める。信歩は矢倉一本に絞ることに不安を覚えるが、十歩はそれでも矢倉を勧める(後述)。
矢倉を選んだ信歩は早速、竜胆相手に試してみたくなり、竜胆の実家へとんぼ返り。と、その途中、信歩の帰りを待っている竜胆の姿があった。二人は仲直りして、竜胆の家へ向かう。
そんなシェアハウスがあるか
ここからはこの話の考察です。
まず、第1話のあらすじでも申し上げましたが、「かやね荘」は正確にはシェアハウスではありません。ルームシェアです。
しかしシェアハウスだろうとルームシェアだろうと、お金を払っている住人に対して「順次帰省するから閉めちゃう」といって締め出すのは、どうなんでしょうか。「閉めちゃう」という方針は、かやね荘のリーダー格である泰金が決定したと思われます。なんという横暴な!!
・・・でもこれは伏線なんですよね。
可愛くなった十歩
十歩は、最初は嫌な奴として登場したのですが、信歩との対局を通してすっかり丸く・・・いえ、丸くを通り越して可愛いキャラに。
例えば、ちょっと信歩から連絡がないと心配になっちゃう十歩。LINEで「一昨日から連絡ないけど大丈夫? オレ何か言ったっけ ごめん」とか送っちゃう。
信歩が訪ねてきた時も「ウチ遠くなかった?」からの「GWは親いないから好きなだけいていいよ」。
信歩が帰るときには「え 今から!? 今日は泊まっていきなよ」とか「あの竜胆ってヤツんとこ?」とか言い出し、しまいには潤んだ瞳で「(勝ちたい気持ちはわかるけど、将棋を)楽しむことは忘れないでね」とか言っちゃう。
十歩は将棋を楽しむ派、竜胆はガチ派だと考えれば、「楽しむことは忘れないで」というのは「僕を忘れないで」ともとれます。
矢倉は将棋の純文学
この話を考察するにあたり「矢倉」という言葉の意味が非常に重要なので触れておきます。
「矢倉は将棋の純文学」と言ったのは、故・米長邦雄永世棋聖。日本将棋連盟の前会長です。
日本将棋用語事典では、ご本人がこの「矢倉は将棋の純文学」という言葉を解説しています。それによると、「純文学」は美しく格調高く高尚なものの喩えとして言ったわけではありません。以下のように書かれています。
米長「純文学というのは、簡単に言うとネチネチしているという意味なんです。(中略)相手の出方を見るネチネチした感じですね。(中略)ピストルで撃ちあったり、100メートル競走でどっちが速いかっていうような将棋ではなくて、押したり引いたり、男女のもつれのような将棋といいますか(笑)、ネチネチした戦いになるっていう意味なんです。」
米長永世棋聖は別の喩えとして「横歩取りの新型なんかは推理小説」とも述べています。
信歩が選んだ矢倉とは
では、矢倉とはどんな「戦型」なのか。前々回の信歩vs蒼馬戦で出てきた以下のような形のことを相矢倉、あるいは略して「矢倉」と言います。将棋の代表的な戦型の1つです。
「相矢倉」は自分も相手も「矢倉囲い」にしたという意味。「矢倉囲い」の代表例は以下の様な形。
金銀3枚を上記のような形で連結させます。これは「金矢倉」とも呼ばれる形で、矢倉囲いと一言で言っても「銀矢倉」「総矢倉」など多くの派生形があります。これらは略して単に「矢倉」とも言います。
2つの意味
つまり「矢倉」と言うと、2つの意味で解釈できます。
一つ目は戦型を表す「相矢倉」の略称としての「矢倉」。もう一つは単に片方の守備陣形(囲い)を表す「矢倉囲い」の略称としての「矢倉」。
米長永世棋聖が「矢倉は将棋の純文学」と言ったのは、明らかに前者の「戦型」としての「相矢倉」です。
「戦型」というのは相手があってのもので、自分と相手の共同作業によって成り立ちます。一方、「囲い」は極端な話、相手がどういう出方をしてこようが「相手は相手、私は私」といった感じで、多少不利になろうが自分の好きなように組んでも成立します。
囲いとしての矢倉
「ものの歩」に話を戻します。十歩に「矢倉」を勧められた信歩は、その提案に疑問を呈します。
信歩「矢倉は横からの攻めに弱くて振り飛車相手には使えないのでは!?」
十歩「対振り飛車でも矢倉で戦えばいいじゃん」
振り飛車ご存じない方は以下の記事参照。
マボロシ可憐GeNE(マボカレ)が新曲「振り飛車girl」を発表
信歩の指摘の通り、振り飛車に対しては別の囲い(穴熊など)を用いるのが一般的です。
ここでは、技術論は置いておきます。
問題は「純文学」だとか「格調高い」と思って惚れた「矢倉」は、「戦型」としての「相矢倉」であり、ここで十歩が推奨しているのは「囲い」としての「矢倉囲い」だということです。
2人は2つの「矢倉」の意味を混同したのか、または十歩が勘違いを承知で確信犯的に信歩に勧めているのか。いずれにしても「矢倉」を知らない週刊少年ジャンプの読者の方には、少々意味が通じにくいかもしれません。
竜胆の思い
竜胆は竜胆で信歩への思いをこじらせます。
自分が信歩に「出て行け!」と言っておきながら、話の終盤では信歩を迎えに行き「言い忘れたオレが悪いけどよ こういう時はちょっとしたら戻ってくるんだよ」と述べています。また、心の中の声は「ったくこっちは色々悩んでたっつーのに」と言っています。
人によっては、信歩をめぐる十歩と竜胆の争い、と思われた方もいるかもしれません。
相手の出方を見る
純粋に「将棋が強くなりたい」と思って一生懸命な信歩に、十歩と竜胆は惹かれていきます。
十歩はゲーマー時代の苦痛から開放してくれた信歩と楽しく指したい、竜胆は蒼馬と戦うために信歩と本気で高め合いたいという、彼らの置かれた状況がそこにはあります。
純文学小説とは、芥川賞を獲るような小説に代表される芸術性のある小説のことをいうようです。米長永世棋聖が言うように「ネチネチとした男女のもつれ」が描かれているものもあります。男女に限らず、友情も時にはネチネチとします。
ものの歩のこれから
これから「ものの歩」自体が純文学に傾倒していく、と解釈するのは考えすぎでしょうか。泰金は悪気なく「シャアハウスを閉める」という爆弾を投下し流れを作りました。十歩は奇妙なことに、わざと信歩を勘違いさせて矢倉一本に誘導しました。
なお純文学は、読む人によっていろいろと解釈ができるものでもあります。「矢倉を知らない読者には意味が通じにくい」と書きましたが、それは矢倉を知っている読者と、知らない読者が別々の解釈をできるという意味でもあります。
コメント
この漫画、展開や説明が雑すぎるように感じます。
シェアハウスの閉鎖にしたって唐突で、理由も取ってつけたような印象。
居飛車や振り飛車のざっくりとした説明すらしていないのに、矢倉に絞ると言われて
将棋を知らない読者が果たしてどれだけ付いていけるでしょうか。
それに矢倉は振り飛車に弱いというのも台詞だけで、作品内で振り飛車自体が
まだほとんど取り上げられていないのにそれを言っても…という気がします。
正直、都大会終わったら打ち切りでも仕方ないレベルのように思っています。
コメントありがとうございます。
なかなか厳しい評価ですね。私は漫画のことよくわからないですから迂闊なことは言えませんが、たぶん少年誌なので少年少女向けに作ってあって、話としてはわかりやすいのかなと思っていました。
シェアハウス(しつこいようですが、正確にはルームシェアです)が閉まるのは、漫画らしいといえば漫画らしいのかなーって。ドラえもんで都合がいい時にネズミが出てくるみたいな。そんな感じで思っていました。
まあ振り飛車とか矢倉はわかりにくいですかね。それは思いました。この記事で書いたように解釈問題(「矢倉」がどちらの意味で使われているか)も生じますし。それも漫画の手法の一つなのかなと思っていましたが、そういう狙いではないなら確かにちょっとわかりにくいかもしれないです。
コメントありがとうございます。