2015年7月15日に行われた第86期棋聖戦5番勝負第4局は、先手の羽生善治棋聖が挑戦者・豊島将之七段に勝利。
これでシリーズの対戦成績は羽生棋聖の3勝1敗となり、羽生棋聖の防衛が決定しました。
本局では、なんとも不思議な「羽生マジック」が炸裂しました。これをきっかけに羽生棋聖が鬼と化して勝利を呼び寄せました。
詳しい棋譜は棋聖戦中継サイトでご覧ください。
相掛かりに
このシリーズ、ここまでの3局の戦型はすべて相矢倉で、しかもすべて後手番が勝利していました。
本局は羽生棋聖の先手番で、相掛かりを選択。
後手から角を換え、38手目には積極的に動く△7五歩。
負けると敗退となる豊島七段が攻める展開に。
動く豊島七段
ニコニコ生放送で解説をしていた鈴木大介八段が「クリックミスじゃないか」と述べた46手目△8二角打ち。
居玉の先手玉に襲いかかります。
銀を交換して角を逃げた後手。しかし角の頭に歩を打たれ駒損が確定。それでもバランスがとれているのか。
以下の局面は58手目。
桂損しながらも悠然と△3一玉と引く後手。
これでもバランスが取れていたようで、むしろ先手の指し手が難しかったようです。
▲6二歩成!反省する羽生棋聖
以下は、後手の豊島七段が少し良かったと思われる局面。
ここで羽生棋聖がまさかの手順。
まず69手目、貴重な持ち駒の1歩で金の頭を叩く。
豊島七段は金を引く。
ここでなんと!!羽生棋聖が打ったばかりの歩を成り捨て。
後手が△同金とすれば盤上は4手前の局面になりますが、羽生棋聖の駒台からは歩が消えるという、純粋な歩損。しかも貴重な最後の一歩。
これは羽生棋聖自らが自分の失敗を認めて反省したような手。余程持ち時間がない時は、こうやって1歩を犠牲にして時間をかせぐ時もなくはないですが、羽生棋聖は約1時間を残してこの一手を選択。相当やりにくい手のはず。
棋譜コメントには以下のように書かれています。
これはなんと! 思わず目を疑う手だ。(中略)だがそれでも、自身の間違いを認め、反省して成り捨てるしか、この将棋を戦う術がないと判断したのだろう。苦渋の決断に要した時間は27分。
解説の鈴木八段は「嘘でしょ」と驚き、自らも経験があることだが当時を振り返り「恥ずしかった」と話していました。
しかし数分後、鈴木八段は「羽生棋聖は鬼と化すような気がしますね」と話し、盤に向かう羽生棋聖を見て「見てくださいよ、ミスしたことなんかお忘れかのように盤上没我。さっき打った歩を成り捨てた人とは思えない。これはこれで勝負みたいな」と表現。
これをできるのが羽生棋聖の強さなのか。
豊島七段はこの成り捨てを無視して△7七桂不成。
鬼となった羽生棋聖が「大人しく△同金としておけばいいものを!」と怒ったかはわかりません。
数手後、豊島七段は羽生棋聖が捨てたと金を取り、一度抜いた刀を収める形となりました。
鈴木八段は「偉い人ですね。(△同金としないと)勝ちが見えなかったんでしょう」と暴走しなかった豊島七段を評しました。
棋譜コメントには「豊島の反省返し」と書かれました。
後手の攻めが不発に
後手は飛車を切って角を入手し86手目△4九角。
しかしこの攻めは成立していなかったようで、93手目に先手が反撃。
形作りの始まりのような後手の98手目△5六銀不成に、先手が▲同金と応じました。
ここで豊島七段が投了。
シリーズの対戦成績は羽生棋聖からみて3勝1敗となり、防衛が決定しました。
羽生マジックか
本局で最も印象的だったのは、やはり打ったばかりの歩を直後になり捨てた71手目▲6二歩成。
新たな「羽生マジック」の伝説として残りそうでもあります。
鈴木八段は「感想戦で豊島さん、悔しそうだったけどなんとも言えないものがあるでしょうね。▲6二歩成のことが頭をよぎって、思うところがあったでしょう」と挑戦者の心境を推察。精神的影響もあったのでしょうか。
鈴木八段は羽生棋聖について「悪く言えば恥も外聞もなく粘りにいった手(▲6二歩成)が勝利を呼んだ。将棋界の第一人者で、相手をかど番に追い込んで、万が一負けてもまだ一局あるのに、そこで打ったばかりの歩を成り捨てる精神力の強さが勝因といえば勝因かなぁと」と述べました。
これで羽生棋聖は、8期連続14期目の棋聖位。今期は名人を既に防衛しており、早くも二冠防衛。
通算獲得タイトルは92期となりました。
追記:感想戦の模様などを以下の記事に掲載しています。
コメント
局面が良くなったわけじゃないから羽生マジックとは違うような……。
豊島を動揺させるための心理戦術というなら別ですが。
間違いを誤魔化さず恥を忍んでも勝ちに拘れる強さがカッコいい。
棒銀が無理攻めで銀を引いた名人戦もそうでしたが、失敗を失敗と素直に認める事こそが強さでしょうか?
ほんと、素晴らしいですね。
しかし、ソフトで検討しながら見ていましたが、ソフトの読み筋も歩成り捨てが最善手だったのですよね。って事は、6筋に歩が有るのは、後々悪いって判断を羽生棋聖もソフトも気がついったって、事なんでしょうね。
上の匿名様:
コメントありがとうございます。
そうですね、従来から言われているいわゆる「羽生マジック」ではないですね。新種のというか、不思議なというか、そういうマジックを見たような気がしました。
これが羽生棋聖じゃなかったら「マジック」とは言われないような気がします。心理面も含めて羽生棋聖がやったからこその効果だと思います。しっくりくる言葉がなく「新たな羽生マジック」と表現しました。
下の匿名様:
コメントありがとうございます。
上の匿名様もおっしっていますが、この一局の勝利のために失敗を認めたというのが、強さであり、恐ろしさだと思いました。これ羽生棋聖じゃなかったら何と言われるか。あの銀の撤退も、結局最後は大逆転につながりました。
そうですね、ある有名ソフトも成り捨てを推奨したという情報はありました。たぶんソフトだと気にしないんだと思いますが、人間がこれをやったというのが衝撃的です。しかも将棋界の第一人者です。将棋をあまり知らない人でも誰でもわかる出来事ですからね。
皆様コメントありがとうございます。