藤井聡太の記憶(20)。将棋界の「藤井シフト」と宿題論争

2017年6月2日の激戦を制して(藤井聡太の記憶19)ついにデビューからの連勝記録を「20」とした藤井聡太さん。

ここからも、ギリギリの戦いが続きます。

藤井さんご本人が「自分の実力からすれば望外」「20連勝は僥倖としか言いようがない」と言ったのは決して謙遜ということだけではありません。藤井さんは自分の実力について確かに、冷静に分析してそう判断していたのだと思います。

一方で報道はさらに加熱し、昼間のワイドショーで民放全局制覇するばかりか、夜の番組でも1時間丸々藤井さんの話題が放送されることもありました。

同時に、将棋界は「藤井シフト」とも言える体勢になっていきます。

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藤井シフト

この頃には、トークショーや大盤解説会などではほぼ必ず藤井さんの話題が出るようになりました。

夜のバラエティ番組で、丸々一時間の将棋特集。

藤井さんの対局のたびに陥落していた日本将棋連盟モバイルのライブ中継アプリは、ようやくサーバーの増強とアプリの改良を実施。

6月7日には待ちに待った四段史上初の扇子が発売(藤井聡太の記憶16)。揮毫の言葉は「大志」。(しかし1時間で完売)

日本将棋連盟の佐藤康光会長は、藤井さんの学業に配慮して土日対局を積極的に検討すると明言。このことをあるスポーツ紙が「藤井シフト」と報じました。

「○○シフト」は、元は野球用語で、バッターや状況に応じて変則的な守備陣形をとることを意味します。スポーツ紙らしい表現です。

土日対局もそうですが、上記に示したとおり将棋界すべてが「藤井シフト」に見えました。

藤井四段、宿題について議論

この頃に大きな反響があったのは、藤井さんの宿題に関する考え方。中学生らしいエピソードです。

私自身も、宿題は全くやらない派だったので共感しました。

なんでも疑問を持たず(または疑問を自分のなかに押し込めて)素直に受け入れるのではなく、疑問があれば議論する姿勢です。

【管理人の所感のコーナー(素直なことは、良いことか?)】

私はひねくれ者ですので、「素直」という言葉が好きではなく、普段は意識的に、使わないことにしています。

「素直ないい子」とか「素直に育った」とか、よい表現ではあるんですけどね。

ただ「素直にしろ!」「素直に従え!」みたいな恫喝的ニュアンスで使われることもありますし、そもそも大人には基本的に使われない幼児性を含むニュアンスですし、あるいは悪い言い方をすれば「言いなり」とも言えるので。「言いなりないい子」「言いなりに育った」というとちょっと違って聞こえます。

将棋でも、盤上では「素直」なだけではいけませんね。将棋の解説や棋譜コメントでは、相手の手に対して「素直に応じた」という表現があるとともに、「言いなりになる」という言い方もします。

あまりに素直で、言いなりになってばかりでは、相手の狙いにハマってしまいます。常に疑問を持って、相手の言い分をきくときは素直に応じ、相手があまりに図々しい手を指してきたら言いなりになるわけにはいきませんね。

未成年の頃は、大人から指示されれば「素直に」応じておいたほうがメリットが多いと思います。しかし、そうでない未成年も認めるべきだ、というのが私の考えです。

なぜこんな話をしたかというと、上記の藤井さんの宿題のエピソードの際に、藤井さんに対して世間の皆様から(少数派の意見ですが)「素直じゃない」「傲慢だ」「自分を特別だと思っている」といった意見があったからです。

ただし、世間の皆様の多くは藤井さんの考えに賛同する意見でした。

なお私の場合は先生と議論もせず、結局宿題も全くしなかったので、素直でないというより、単に悪い生徒でした。

この頃には、藤井さんの持っているリュックがkarrimor(カリマー)のプレストン デイパックのおそらく旧モデルだとわかり、のちに新モデルが売れ行き好調になったりする現象も起きました。

藤井シフトと同時に、フジイノミクスも本格化していきます。

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