2015年6月20日、ドワンゴと日本将棋連盟が主催する新棋戦「叡王戦」が開幕しました。
6月3日の新棋戦発表からわずか2週間あまりというスピードでの開幕。さすがはIT企業の主催する棋戦。
開幕戦は段位別予選のうち「九段戦」のFブロックから、▲森下卓九段VS△森内俊之九段という豪華なカードでした。
戦型は相矢倉に
振り駒で森下九段が先手となり、戦型は両者が得意とする矢倉に。
戦型はごくオーソドックス、または少し古い形のようですが、この棋戦の対局・観戦環境は新鮮なことが多かったです。
持ち時間を対局者に見えるように表示
本局の記録はタブレットにより行われました。しかも、もう一枚のタブレットが対局者側を向いて、両者に残り時間が見えるようになっているというものでした。叡王戦は、決勝を除き持ち時間が1時間でチェスクロック方式(秒単位で減る。他の棋戦では分単位が一般的)ですから、より持ち時間の管理が重要といえます。
このタブレットの方式は、先日の女流王座戦でも採用されていました。
電王盤
一方、解説と聞き手も大盤ではなく「電王盤」というタブレット+アプリを使用。これは電王戦FINALで使用されたものと同一(か改良されたか)だと思います。
大盤と違って、局面を戻したり進めたりするのが簡単なのが特徴。さらにコンピュータソフトの「電王」であるAWAKEの評価値や読み筋も表示されます。
AWAKEに異を唱える田中寅彦九段
この日の解説は田中寅彦九段、聞き手は中村桃子女流初段。以下の局面での田中九段の解説が面白かったです。
ここでAWAKEの読み筋は▲4七銀と引き△7三桂と跳ねる展開。これで先手が100点ほどのプラス評価。
田中九段はこの読みに「これはちょっと異論があるな。私が(叡王戦で)優勝して(ソフトと)戦いたいな。私の40年の歴史とは違うなあ。どうしてそうなるのかなあ。(AWAKEが)わかってないんじゃないか」と発言しました。
田中九段によると「この後手の形を作るために一所懸命努力したような覚えがある。ここらへんが修行の仕方が違う」らしいです。確かに、後手としては銀を引かせて自分は桂を前線に向かせて全軍躍動の状態。
このように、ソフトの読み筋と評価値に、プロ棋士の感覚での感想を述べてくれるというのは観ていてすごく興味深かったです。以前、人間とソフトの「感覚の違い」について記事にしたことがありましたが、それが実感できるかのような解説で面白い。
コンピュータ将棋ソフトの活用が進むと力戦形が増えて終盤力が重要になる説
田中九段は、その後にも「こういう攻め方をしたら芹沢さん(故・芹沢博文九段、田中九段の兄弟子)に田舎に帰れと言われた」とか、自らとソフトとの感覚の違いを分かりやすく解説してくれましたし、一方で「(電王盤を)若いころに欲しかった」とかソフトの読み筋に感心したりするなど、「ソフトいじり」ともいえる言動で、うまく利用して解説しているな、という感じがしました。
特に叡王戦は優勝者がコンピュータソフトと対局するということで、ソフトの読み筋を評価したり異論を唱えたりしてみるのは好手だったと思います。
お手本のような手筋
勝負の分かれ目は、この▲4七銀と上がった手だったようです。
この後数手進んだ局面が以下。
先手の森下九段は、この△5七歩成が見えていなかったと感想戦で述べていました。
先手としては、このと金をどの駒でとっても味が悪い。金で取れば守りを剥がされる上に飛車を遮る、角で取っても8筋の防御が手薄になる上に飛車を遮る、飛車で取れば4六の銀を角で取られる、銀で取れば3七の桂馬を角で取られる。お手本のような手筋。
結局先手は、このと金を金で取りましたが、ここからは後手が着実にリードを広げていって88手にて森内九段の完勝となりました。
感想戦
終局後はすぐに感想戦が始まりました。通常のタイトル戦やNHK杯戦と違って、記者や解説者が入らずに対局者の2人だけで行われていました。特に森下九段は、いつもながらハキハキとした口調で感想戦をやっていて、しかもノーカット。これもこの棋戦ならではの見どころだと思いました。
感想戦のあと、対局室に森下九段が残っていたところに青野照市九段が入室して、なぜかすぐに出て行きました。
森下九段は、記者の方(?)とのやりとりで「△5七歩成で投了のような局面」と本音を漏らしていました。
終局後にいろんなことがあるんだなと、これも興味深いところでした。既存の棋戦にない新鮮な取り組みが随所にみられました。
解説・聞き手も新時代に
これで森内九段は、決勝トーナメント進出まであと1勝。次は加藤一二三九段VS南芳一九段の勝者と対局します。
対局者のお2人もお疲れ様でしたが、ほぼ初めてこのような形式での解説・聞き手だったと思われる田中九段と中村女流もお疲れ様でした。これまでにない新たなスキルを要求されたと思いますが、ソフトいじりも含めて、後に続く方のお手本になるような解説・聞き手だったと思います。今後とも期待しております。
以上、ありがとうございました。
コメント
はじめまして。仕事の都合上、南・森内戦を最後までリアルタイムで見れませんでしたが、タイムシフトで最後まで観戦できました(トータルで13時間・・・・・)。
将棋に興味を持った時は、加藤一二三九段は名人で、羽生世代の皆さんは奨励会で頑張っていた時代でした。活字が主流の時代。テレビで見れる将棋はNHKとテレ東の2チャンネルだけでした。
今や、王位戦を除く六大タイトル戦は全てニコ生で生中継を観戦できる時代です。
そしてこの叡王戦。素晴らしいの一言です。全局中継はできないかもしれませんが、各段位戦でも観戦希望投票みたいなものをやったら・・・・・少しでも多くの盤上の闘いが生で見られるようになればなあ、なんて思います。
今回、羽生4冠、渡辺棋王は、様々な思惑・・・・・いや配慮かな?・・・・・で参戦していませんが、次回は堂々と参戦してもらえれば、と思います。
少し長くなりましたが、こちらのトップページはお気に入りに登録して、毎日チェックしております。これからも興味深い記事をたくさん配信してください。楽しみにしております。
はじめまして。コメントありがとうございます。
加藤一二三名人!!羽生奨励会員!
それは30年以上前ですね。
そんな前からの将棋ファンの方が、当サイトに興味を持っていただきましてありがとうございます。
当時からしますと、現在の観戦環境は相当良くなっているのでしょうね。叡王戦は、将棋ファン歴1年ちょっとの私にとっては、対局姿を拝見したことがない人がたくさん登場しそうで楽しみにしています。
それに座って解説・聞き手ができるというのも、解説・聞き手の負荷軽減となって良いのかもしれません。1日3局は大変そうでしたけど。いい意味で伝統がない棋戦なのでこれからも色んな取り組みにチャレンジしていただければと思っています。
渡辺棋王の方は、ブログでこの棋戦に触れていますね。エントリーしない理由は書いていないですが、「自分で決めた」とは書いてあります。それぞれ事情や思いがおありでしょうから、批判の対象にならないことは願っています。
私は棋力は低いので、その分、棋譜や対局そのものではなくて、別のことに将棋の価値があるとも感じています。
私なりに、皆様に楽しんでいただけるよう運営してまいりますので、今後とも宜しくお願い致します。
≫ここでAWAKEの読み筋は▲4七銀と引き△3七桂と跳ねる展開。
「△3七桂⇒△7三桂」ですね、
何時も更新楽しみにしております。
その内、寄稿だとかもしてみて良いですか?
コメントありがとうございます。ご指摘ありがとうございます。
符号の間違い、時々やってしまいます。私は将棋歴が浅く棋力も低いので符号読むのも遅いですし、地点を想像するのも遅いです。それが間違いにつながっていると考え、現在棋力向上取組中ですので、お許し下さい。というか、何回か確かめたはずなのに・・・注意力散漫ですね。
え!田中誠さんが寄稿していただけるんですか!将棋界のこととか、私のような素人が知らないこといっぱい知っていると思うので、それに指導棋士という側面もありますし、すごい期待してしまうんですが。
ぜひよろしくお願いします。お問い合わせページの、寄稿に関する箇所(文字数、必要事項など)を整理しましたので、ご覧いただけますと幸いです。
お問い合わせ
コメント、ご指摘ありがとうございます。
田中誠様からのご寄稿、私も楽しみにしておりマンモス(ˊᗜˋ*)
叡王戦について…電王盤での解説、棋力30級(推定)の自分としましては、とてもわかりやすくてよかったです。符号の羅列は、「なるほどわからんw」状態になりますので。
それから、対局室にあったホワイトボードに広告載せればいいのに~とちょっと思いました。「『無敵棒銀』発売中!」とか。
「叡王戦 立会人はあなたたちです」みたいなポスターでも、なんでもいいんですけど(笑)
あと、また関係ない話ですが昨日の朝刊に「将棋の宿」として「愛知の銀波荘、神奈川の陣屋」を取り上げた記事が載っていました。
http://gimpa.co.jp/blog/archives/1037
http://gimpa.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2015/06/image2.jpg
「銀波荘は、対局室の見学も可能なプランを計画している」とのこと。
是非行って見たいですね(銀波荘のまわしもの…ではありません)。
コメントありがとうございます。マンモスです。
田中さんの寄稿、楽しみですよね!
ツイッターでご本人に強く要望しようかな。
電王盤、観やすかったですね。電王戦の時よりシステムが進化しているのか、田中九段が使い慣れているのか、ほとんど滞り無く解説していましたし。
ただ、大盤だと盤面を戻す時に棋士の凄さが垣間見れる(局面を全て覚えている)のが好きですけどね。
へー!!やっぱタイトル戦できることは宿にとってステータスですよね。
対局室の見学・・・どれだけ需要があるかわかりませんけど、まあ、どのプランにしようか迷ったらせっかくだから、みたいな形で利用する感じですかね。
あ、やっぱりあのホワイトボード気になりましたよね。雑に置かれたマグネット。あからさまな広告載せるとすっごい何か言われそうですけど。「叡王戦、開幕」ぐらいだったらいいかもしれないですね。
本日は棒銀の記事をご寄稿いただきましたので、そちらもよろしくお願いします。
コメントありがとうございます。