将棋電王戦FINAL「ソフト事前貸し出しルール」反対派はソフト開発者5人中1人

2015年3月から4月に行われた、プロ棋士5人VSコンピュータソフト5つによる団体戦・将棋電王戦FINALでは、「本番用コンピュータ将棋ソフトを、プロ棋士側への事前に貸し出す」というルール、そしてこれを利用したプロ棋士側の事前研究が、ひとつのテーマだったと思います。

このテーマは、シリーズの全ての対局で結果として現れました。

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貸し出しルールと結果の関係

第1局では斎藤慎太郎五段が事前の研究によって得られた「必要以上に長考して持ち時間を使い、ソフトにわざと先読みさせる」手法により、Aperyの読みをコントロールし、結果的に斎藤五段にとって有利な手をAperyに指させた(詳しくは雑誌「将棋世界」の2015年5月号116ページに記載)。

第2局では永瀬拓矢六段がSelene相手に角不成でバグを突いた

第3局ではやねうら王の開発者・磯崎元洋さんが直前に持ち時間設定の変更をすることでプロ棋士の研究を外すことを試みた、そして電王手さんの動きにより結果的にそれが実現した。

第4局では村山慈明七段が研究していない局面にたまたま突入しponanzaに敗れた。

そして第5局では、△2八角を打たせるハメ手順により阿久津主税八段が勝利した。

公平なルールは存在しない

そんな貸し出しルールですが、これはプロ棋士側(日本将棋連盟)が求めたものではなくて、主催者であるドワンゴが「押し切って決めた」というルール。将棋電王戦FINAL第5局終了後の記者会見で、ドワンゴの川上量生会長が

「これを決めたのはドワンゴ。実は将棋連盟さんの反対を、僕らが押し切って決めたルール。世の中のみなさんが考えているコンピュータと棋士の五分五分の(フェアな)ルールというのは、人間のルールでやるということだと思いますけど、これ自体が実際はフェアではない」

と述べています。「人間のルール」とは、事前にソフトが貸し出されることなく、決められた持ち時間が設定された、という意味だと思います。

ルールの意図

川上会長は「皆さんに知っていただきたい」として、以下の様な持論とともに、このルールの意図について述べました。

「人間とコンピュータの公平なルールは存在しない。

人間のプロ棋士は面白い将棋を指すことが命題。持ち時間があるのも、人間がミスをして、長引かせずに、面白くなるためのルール。コンピュータはそんなこと考えない。

興行として(実力が拮抗するように)貸し出し有りにしたわけではない。

異種格闘技戦なので、人間とコンピュータが戦うのがおかしい。フェアな戦いというのは元々存在しない、比べるのがおかしい。そのことをはっきりさせたい。

人間と同じルールでやるというのは見せかけのフェアです。

計算速度がコンピュータの方が早いわけですし、記憶容量も、コンピュータはすべての過去の棋譜を記憶できる。そもそも公平なルールになっていない」

ソフト開発者たちの賛否

では当事者である将棋ソフト開発者の方々はどう思っていたのか。電王戦FINALに出場した5人のソフト開発者の見解はこちら。

平岡拓也さん、反対

斎藤慎太郎五段に敗れたAperyの平岡拓也さんは事前貸し出し反対の立場。

「勝負を、興行上五分五分に近づけるためのルールだと思った。公平じゃない。片方は練習できて、片方は穴があっても防げない。どうみてもおかしい。それが、FINALのFINALで一番最悪な形で出た。これ以上、勝負として成り立たないのであれば電王戦を続ける必要はない。これ以上のコンピュータの制限は難しい。クラスタ化も制限されてるし」

平岡さんは、ハメ手に敗れたAWAKEの開発者、巨瀬亮一さんの気持ちにも言及しました。それはこちらの記事に詳しくあります。

西海枝昌彦さん、たぶん賛成

永瀬拓矢六段に読み負け、最後は角不成で散ったSeleneの西海枝昌彦さんは以下のコメント。

「棋士の方の対応能力、ハメ手でなくても、癖を見抜かれてることを警戒していた。ハメ手は、人間なら回避できていた。今のコンピュータ将棋の限界。私も以前、敗因を調べたこともあったが、うまくいかなかった。そういう(それが修正される)方向で技術が発展していけばいいかなと」

つまり、ハメ手を回避するように技術が発展すればいい、そのためにはハメ手を発見できる事前研究は有意義、と聞こえたので一応賛成にしておきます。

やねうらおさん、大賛成

稲葉陽七段を破った「やねうら王」のやねうらおさんは意外にも(?)「大賛成派」。

「例えば(将棋アプリの)将棋ウォーズで、バックエンドでponanzaとかが戦っている。それが毎回同じ棋譜で負けると、これは将棋ウォーズとしていいのかという話。人間と末永く対局して遊んでもらうための将棋ソフトを考えた時に、対策されない、弱くてもいいけど同じ負け方はしない、っていうのは一つのテーマかなと。そういう意味では、事前貸し出しルールの中で開発者が工夫してみるっていうのは有意義な研究課題」

またやねうらおさんが、貸し出しありルールによるハンデについて言及したコメントはこちらの記事が詳しいです。

山本一成さん、なんでも大丈夫

村山慈明七段に完勝したponanzaの山本さんはさわやかに。

「ponanza強いんで、なんでも大丈夫です」

巨瀬亮一さん、あってもいい

ハメ手によって敗れたAWAKEの巨瀬亮一さん。

「棋力向上に役立てられるなら貸し出しはあってもいい。今日の将棋の内容からはそれを見れなかったので、それは残念」

巨瀬さんは、棋士の棋力向上に役立てることを、ソフト開発のモチベーションにしてきました。

コンピュータチェスの世界では

こう考えると、明確な貸し出し反対派は平岡拓也さん1人。ただ、平岡さんもやねうらおさんの話を聞く時に頷いていたように見えたので、もしかしたらやねうらおさんの話を聞いて、思うことがあったかもしれません。

電王戦FINAL第5局翌日に放送された「初代電王ponanzaに勝てたらドスパラのノートPCプレゼント」企画のなかでは、西尾明六段がコンピュータチェスと人間との戦いの世界でのルールや事例を紹介してくれていました。

それによると、「序盤で、コンピュータが定跡手順を指しているうちは、人間側はモニター画面でその手順を知ることができる。定跡から離れるとモニターは隠される」とか「事前貸し出しの研究では、人間の研究チームに技術者(プログラマ)も加わる」とかがあるようです。

主催者の認識

最後に再び、主催者であるドワンゴの川上量生会長の言葉を。

「公平なルールとは何かっていうのを考えるのが電王戦のテーマ。そういう意味では今回のルールは大成功したと思っています。今日(第5局)の結果も含めて大成功というのが主催者の認識です」

以上、ありがとうございました。

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コメント

  1. SAM より:

    Apery を開発した平岡拓也さんのコメントを放送で聞いた時に、以前から感じていたことを
    改めて思い出しました。
    前回からハードウェアの制限が行われたことで、開発者達は何らかの「閉塞感」をもってい
    るのではないか、ということです。
    さらに、電王戦には多くの注目が集まりますが、将棋の内容に対する理解や興味の度合いに
    関わらず、コンピューター&ソフトウェア側に肩入れする方々の中にも、同様に感じている
    人は少なくないのではないでしょうか。

    2年前に三浦弘行八段(当時)と対戦したハードウェア構成は極端なものでしたが、現実的に
    準備可能な充実したハードウェア構成で、実力が充分に発揮されるソフトウェアを作りたい
    と開発者達が思っているのは、想像に難くありません。

    同時に、せっかく開発したソフトウェアの実力を発揮する場を考える必要もあります。
    電王戦というイベントは、開発者のモチベーションを高めた起爆剤になったと思います。

    “ポスト電王戦”のイベントを期待する私は、表面化していないものも含めて、課題がクリア
    されることを願うばかりです。

    また今更ながらのタイミングの書き込み、ご容赦のほど。

    • 管理人 管理人 より:

      コメントありがとうございます。いつでも構いません!

      そうですね、どの程度なのかはわかりませんが、電王トーナメント、そして電王戦があるからこそ、
      開発者らがそれに向かって開発をしたという側面があるかもしれません。

      私が「開発者」という立場をどれほど理解できるかわかりませんが、一般的な話をさせていただきますと、
      例えば市販の製品(家電、精密機器、ハイテク機器など)を開発する立場にある人は、スペックの制限と戦っている、というのが
      普通にあることだと思います。決められた予算、予定販売価格、そのなかで制限せざるを得ないハードウェア的なスペックのなかで
      どれだけ良い製品が開発できるか。

      一方で、研究者という立場であれば、そのようなスペックの制限を受けることは少ないと思います。

      もちろん、どちらがより高度で、どちらが良いとかいう問題ではありません。
      今回平岡さんは研究者的な立場なのだと思いました。

      他方、やねうらおさんは、「貸し出し賛成」の理由でも少しわかると思いますが、「製品」としてどれだけ良いものを
      作れるか、ビジネスとして成り立つか、というのを主眼に置かれているような気がします。
      つまり、とんでもないスペックのコンピュータ(今回の電王戦のPCも一般的な用途から言えば相当いいスペックなのですが)で
      棋士に勝ったとしてもそこには製品性がないとか。研究されてハメ手で負けるようでは製品性がないとか。

      そんなことを思いました。
      ですから、同じソフト開発者のなかでも、いろいろ意見が分かれるのかな、というのが私の想像です。
      企業内でも、研究者のグループと、実際に製品化を担当するグループでは意見が異なることはあるもの。というか日常茶飯事だと思います。

      ただ、研究者は研究者のモチベーションがあり、スペックが制限された環境下での開発に興味を持たない方もいるのは事実だと思います。

      そこで「ポスト電王戦」。これまでは電王戦に参加するソフト開発者は研究者的立場だったと思います。
      しかしプロ棋士と互角に戦える以上、今後はそれを製品化する立場として参加したらどうかと思います。

      たとえば、将棋ウォーズの棋神を使う時、現状はponanza一択ですが、これが電王トーナメント上位5ソフトから選べるようになるとか。
      そうすると、将棋ウォーズで稼働できるスペック内でソフトを開発する必要がある。ユーザーにより選ばれるソフトを作るには・・・?
      というようなことを考えています。妄想ですが。

      コメントありがとうございます。

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