衝撃的な結末を迎えた2015年4月11日の将棋電王戦第5局、▲プロ棋士・阿久津主税八段VS△コンピュータソフト・AWAKEですが、勝利した阿久津八段は、その決め手となった△2八角を打たせる手順をいつ発見したのか。
対局後のインタビューで阿久津八段は「(AWAKEを)貸し出ししてもらって、3日目か4日目に。コンピュータ将棋の中では有名な筋なんですかね、試しにやってみたら(AWAKEが△2八角を)打ってくることもあると、その時から気付いていました」と発言。
一般に△2八角が広く知られるようになったのは、2015年2月28日の「AWAKE(ノートPC)に勝ったら100万円」企画ですが、AWAKEが阿久津八段に貸し出されたのは、対局本番の半年ぐらい前のこと。
つまり、一般に広まるかなり前から、阿久津八段はAWAKEが△2八角を打ってくると知っていたことになります。
対局の概要はこちらの記事でご覧ください。
△2八角を打たせる通称「山口システム」については以下の記事でご覧ください。
電王AWAKEに勝利し100万円ゲットした山口直哉さんの必勝法。△2八角を打たせる
そして葛藤
「AWAKEに勝ったら100万円」で解説をしていたのは高見泰地五段。
その高見五段、電王戦FINAL第5局でも△2八角により決着がついたことについて、以下のようにツイート。
電王戦は衝撃の結末でしたが、勝負の鍵となったのは間違いなく△28角でしょう。ニコ生企画「AWAKEに勝てたら100万円!」の1日目で現れた形で、私が解説でした。その企画について、阿久津先生はAWAKEの弱点が本番前に出現してしまうのを懸念されていました。(高見)
— 東竜門〜関東若手棋士〜 (@wakate_shogi) 2015, 4月 11
番組終了後すぐにメールをくださり、「弱点バレちゃってたね。貸し出してもらって数局指したら(△28角は)すぐに気付いたんだけど。マネって言われるのも…」と葛藤されていました。それから一ヶ月、両者の苦悩については想像を絶します。
阿久津先生、巨瀬さん、本当にお疲れさまでした。(高見)
— 東竜門〜関東若手棋士〜 (@wakate_shogi) 2015, 4月 11
なるほど、もし山口直哉さんが100万円企画で△2八角を出さなかったら、この電王戦第5局により一般に知れるようになって、もしかしたら「阿久津システム」と呼ばれていたかもしれませんね。
阿久津八段は「マネって言われる」ことを覚悟してでも、この手順を採用したことになります。
AWAKEは強い
この△2八角に誘導することについて、阿久津八段に葛藤があったことは以下の記事でも書いたとおりです。
AWAKE開発者・巨瀬亮一さん「△2八角で投了しようと決めていた」
普段やらない形で、葛藤はあった。貸し出していただくルールにおいて、一番自分が勝ちやすい形を選ぼうかなと、最後は思いました
また阿久津八段は、AWAKEについて、事前研究で「相当に」負かされていて勝てる自信がなかったこと、自身の研究に活用しているほど「本格的なソフトだ」などと話していました。
素直に嬉しい感じではない
この最終局は、シリーズ通算「プロ棋士2勝対ソフト2勝」という対戦成績で迎えました。
つまりこの1局の勝敗に、団体戦としての勝敗もかかっていたということです。しかも「FINAL」の、最終局。
この点についても阿久津八段は「2勝2敗で、結果もやっぱり、求められているということもあったので。やっぱり、1番勝算が高い形をとるべきかなと」と、深刻な顔で、この手順を選んだ理由を語りました。
また「素直に嬉しいとか、そういう感じではないですけど、とりあえずは良かったかなと思います」と、心境を述べました。
第2局を戦った永瀬拓矢六段が、プロの敗戦は「名誉が傷つけられること」と語るなど、相当のプレッシャーがあったのだと思います。
しかも、プロ棋士の電王戦初勝利で終わるのか、今回もコンピュータが勝利して終わるのかで、後に与える影響は相当違いますし・・・。
もし△2八角を打たなかったら?
ここで、誰もが興味があるのは、もしAWAKEが20手目で△2八角を打たず、別の手を指していたら?ということだと思います。
そんな誰もが抱く疑問について、ひとつの回答が得られることになりました。
電王戦FINAL第5局が予定より相当早く終わったので、その後、エキシビション・マッチとして▲阿久津主税八段VS△永瀬拓矢六段で指し継がれることになったのです。
AWAKEの代わりに、第2局で角不成を見せた鬼軍曹・永瀬六段!
永瀬六段は20手目、△2八角に代えて、△1二香から穴熊にしました。
この興味深い対局の結果は、またのちほど記事にしたいと思います。
とりあえず、以上、ありがとうございました。
コメント
阿久津先生はプライドをかなぐり捨てておそらく各方面から少なからず出るであろう批判を覚悟の上で勝利だけを目指して戦ったにもかかわらず、あそこでこれ以上やっても負けるから投了というのは阿久津先生の覚悟に対して失礼かなと思いました。
元々巨瀬さんは勝ち負けだけでなくもっと自由な発想で将棋を考えたいということで定跡などに囚われないコンピュータ将棋の世界に入ったと仰ってましたが
プライドを捨てて勝利だけに拘った阿久津先生と勝ち負け以外の部分に目を向けた巨瀬さんとで対照的な形になりましたね
いろいろな批判はありうるでしょうし、「これも一局。」という見方もあると思います。
わたし自身の率直な気持ちとしては、あそこで投了せずに、△2八角以降のガチの戦いを見てみたかったなあと思いました。
巨勢さんは「コンピュータを使ってプロ将棋のレベル上昇に貢献するところにモチベーションがある」とおっしゃっているので、短手数での投了も仕方ないかなと思います。
https://cakes.mu/posts/9060
KENSHI様
コメントありがとうございます。
巨瀬さんが投了されたことについては、いろいろ議論があると思いますが、やったらやったですし、これはこれでも電王戦らしくて良かったというのが私の考えです。巨瀬さんのモチベーションも、そのことだけではないこともわかりました(対局後の会見で)し、次もし電王戦の後継棋戦があれば出られるのか、興味がありますね。
やったか?様
コメントありがとうございます。
多くの方がそう思われると思います。そういう意味では開発者にがあそこにいて、投了権限が与えられているとうことの議論にもつながるかもしれません。
しかし、永瀬六段の不成といい、今回の件といい、ドワンゴさんはいろいろな事態に翻弄されて大変だろうと思いますがよくやってると思いました。
匿名様:
コメントありがとうございます。
そうですね、ドワンゴの川上量生会長は「そもそも人間とコンピュータの対局は異種格闘技戦で、公平なルールはない」とおっしゃってましたが、それと同じように、そこに臨むソフト開発者と棋士の思いが、同じ方向を向いていないというか、違いすぎるのかなとも思いました。
私がコンピュータ将棋関連の記事を書くと、ご批判を受けることが多いのですが、(もちろん私の文章力がないのもあるのですが)コンピュータと人間の対局においては、ファンの方の立場も様々で、考え方の違いも表面化しやすいのかなとも思いました。ただそれは悪いことではなくて、これが電王戦の意義なのかなとも思っています。
まさにおっしゃるとおり「勝ち負けをどれほど重視するか」ということについても、棋士と開発者、そしてそれぞれのファンの立場でとても違うのだと思います。