先崎学少年がパチスロにハマった原因は、中田功少年の余計な優しさ

先崎学九段のWikipediaを見てみると、

本人曰く「悪友の中田功に誘われた」ことが契機でパチスロにはまり

とあります。この件について、「悪友」とされた中田功七段が、2015年3月19日のニコニコ生放送(第64期王将戦・渡辺明王将VS郷田真隆九段・第6局初日)に出演。

当時のことを語ってくれました。

注意:
法律に詳しい方はこの記事を絶対に読まないでください。

パチスロ、パチンコ、麻雀、サイコロ・・・

きっかけは視聴者からの質問メール。先崎学九段の著書を引用し「先崎先生は奨励会時代に、中田先生とパチンコ、パチスロ、麻雀、サイコロなど様々なゲームで遊んでいたそうですが、お話できる範囲で、武勇伝やエピソードを話してください」というもの。

奨励会時代に、パチンコ・パチスロ・・・。先崎学九段は1970年生まれで、四段になったのは1987年。

これは危険な香りがします。

キミ何段?ボク五段

中田七段が奨励会に入ったのは1980年、先崎九段は翌1981年です。歳は中田七段のほうが3つ上。

最初に会った時、先崎少年はまだ9歳で、中田少年に「キミ何段?ボク五段」と将棋センターの免状を見せながら言ってきたそうです。当時中田少年は二段だったのですが、昇段規定が異なったため将棋の実力としては中田少年の方が上だったとのこと。

その後、ゲームを一緒にやるようになったとそうです。

まあ、ここまでは無難な話です。

なにこれ、面白い

中田七段は「私が18歳でスロットやってると・・・、あまり年齢言えないんですけど、先崎君が入ってくるんです。『中田、終わったら麻雀打ちに行こうぜ』って・・・いうのもあまり言っちゃいけないのかな。お酒は飲んでなかったんですけど」と話し、先崎少年が中田少年をパチスロ店で待っていたのだと述べました。

そこで中田少年は「キミ、私のメダルで遊んでよ。俺は他の台でやるから」と先崎少年に自分の台を明け渡してあげたとのこと。実はこの台はボーナスに入っていたため、先崎少年はわけがわからないうちに大当たりして「なにこれ、面白い」と夢中に。

中田少年の優しさ

中田少年は、先崎少年にスロットの面白さを教えるために、わざとボーナス中の台を明け渡してあげたということです。

しかも中田少年は、先崎少年が当てたメダルを、すべて箱ごとプレゼント。それから先崎少年はスロットの仕組みに興味を持ち、ハマっていったのだそうです。

この余計な優しさ・・・。


先崎学九段のWikipedia
にはこうも書かれています。

パチスロ情報誌が存在しなかった当時、いち早くリーチ目を解析したことなどから、後に当時を振り返って「生涯最高の収入状態」と語る

数学的要素が好き

中田七段によれば、先崎九段は麻雀なども含めてそのような数学的(いわゆる確率論?)の要素があるゲームが好きなようです。

中田七段は「(先崎九段がパチスロなどにハマったのは)私のせいだっていう人、けっこういるんですよね」とも話していました。

サイコロの話はやめとこう

ここまで聞いた、この日聞き手の山田久美女流四段が「サイコロの話は・・・」とつぶやくと、中田七段は「サイコロの話は・・・サイコロは今日はやめておいたほうがいいんじゃないかな」と自制。

代わりに、市販のサイコロは1と6の目が出やすいとか、角が丸いプロ向けのサイコロの話など、本当のサイコロの話をしてくれました。

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