コンピュータソフトと3万局指してアンチコンピュータ戦略を極めたアマ棋士の話

2015年8月18日にニコニコ生放送で中継された第1期叡王戦七段予選(▲村山慈明七段vs△神崎健二七段)において、解説の森下卓九段がコンピュータ将棋に関する面白い話をされていましたのでご紹介します。

コンピュータソフトと3万局もの対局を重ね、「コンピュータには負けない」というあるアマ棋士の話です。

プロ棋士が勝てないコンピュータ

なぜこの日の解説でコンピュータ将棋の話になったかというと、森下九段は第3回将棋電王戦でツツカナ、村山七段は電王戦FINALでponanzaと、それぞれコンピュータソフトに挑んでおり、それぞれ敗れているため。

森下九段と村山七段は、いずれも事前練習における対戦相手のコンピュータソフトに対する勝率が「1割未満」だったという。

コンピュータと3万局指した

ところが森下九段は、そんなコンピュータに勝てる人間、つまり「対コンピュータソフトのプロ」というのが存在するというのです。

その人の棋力は「アマチュア三段~四段、本人いわく五段ないぐらい。プロ棋士とは100局やっても1局も勝てないでしょう」というので、プロの段位で言うと育成機関である奨励会の6級ぐらいのもの。

その人はコンピュータと「3万局指した」という。

森下九段はponanzaの開発者である山本一成さんにその話をしたそうです。山本さんは「ちょっとアブナイですね。そこまで(3万局対局)するっていうのは」と発言したとのこと。

コンピュータには負けない

その「3万局指した人」というのは、ちゃんと仕事をしている人らしいです。仕事をしながらも、日夜コンピュータとの対局を重ね、「コンピュータには負けません」という自信をつけたと。聞き手の山口恵梨子女流初段も知っていたそうなので、有名な方なのだと思います。

どの程度負けないのかのかはわかりません。100回やって90回ぐらい勝てるのか。簡単ではないでしょうが、対ソフトの必勝法や定跡、いわゆるハメ手、アンチコンピュータ戦略のテクニックを身につけているのだと思います。

ここで無意味に桂馬を捨てます

しかもその方がコンピュータの対局を解説した時「ここで(コンピュータが)無意味に桂馬を捨てます」と言い、その通りになったということもあったそうです。無意味な桂捨ては、人間にはほぼ絶対にない手であり、それを読めるというのはやはり対コンピュータに特別な能力をお持ちの方ということだと思います。

森下九段は、その人の棋譜を見てつくづく「金庫を作るプロの人がいるじゃないですか。それを破るプロの人もいるわけですよね。コンピュータを負かすプロもいるんだな」と思ったそうです。そして「ponanzaとその方の生の勝負を見てみたい」とも話されていました。

たしかに、電王戦のような一大イベントとしては面白くないかもしれませんが、小規模でもいいので長時間で、解説付きで生放送されたら大変興味深いと思いますね。今年の大晦日とか。公式じゃなくてもいいので誰か企画して欲しいです。よろしくお願いします。

森下九段はの話としては、以上です。
以下は例によって私(管理人)の個人的な感想です。

三すくみ

ちなみに豊島将之七段は第3回電王戦において、コンピュータとの練習対局を「1000局までいかない」程度したという発言がありました。これは電王戦出場棋士の中でも最も多い方だと思われますので、それの30倍となる3万局という数字がいかに異常であるかわかります。

人間も対コンピュータ用に徹底的に鍛えあげると、「アンチコンピュータ人間」が出来上がるということでしょうか。それから、アマ棋士はプロと違ってハメ手を使うことに躊躇がないとも言えると思います。そう考えると、ちょっと大げさに解釈すれば

1.アンチコンピュータ人間はコンピュータソフトに強い
2.プロ棋士はアンチコンピュータ人間に強い
3.そしてコンピュータソフトはプロ棋士に強い(?)

という三すくみの関係が成り立ちそうです。実際はじゃんけんのグー・チョキ・パーみたいにきれいな関係ではないのでしょうが、まあ大げさなイメージとして。

対ソフト戦に強いソフト

「アンチコンピュータ人間」ではないですが、アンチコンピュータ戦略を実装したソフトというのはこれまでも存在します。

ひたすら自陣で待ち続ける将棋ソフト「稲庭将棋」とか、電王戦にも出場した強豪ソフト「やねうら王」の「やね裏定跡」が近いと思います。

ものすごい数のデータから、あるソフトにはこういう進行になれば優勢になるというパターンをいくつも持っていて、開発者の磯崎元洋さんはそれを「やね裏定跡」と呼んでいます

モバイル編集長が見た「やねうら王」(マイナビ将棋編集部)

実際、「稲庭将棋」は2010年の世界コンピュータ将棋選手権で一次予選を勝ち上がりました。「やねうら王」の開発者の磯崎元洋さんは、自分にプロ棋士ほどの棋力があり、事前に研究できれば、コンピュータには100%勝てるという発言もされていました。

将棋電王戦FINAL、ハメ手を使用すればプロ棋士側が全勝した可能性

磯崎さんは、「やねうら王」を他のソフト開発者に比べればあまり時間をかけずに作ってるようですし、磯崎さんが本気で取り組み、かつアンチコンピュータに特化して対人間の戦いを無視できれば、「ソフトには負けないソフト」を開発できてもおかしくないと思います。

それを引っさげて、コンピュータ将棋のトーナメント「電王トーナメント」に出場したらどうなるのか。興味があります。

そのやねうら王をponanzaの山本一成さんらがどう迎え撃つか。

なお電王トーナメントの優勝ソフトは、電王戦に進出します。

これまでのルールだと、電王トーナメントを勝ち抜いたソフトは原則プログラムを変更せずに電王戦も戦わなければならなりません。したがって現実には、アンチコンピュータに特化するというのは難しく、対人間の対策も必要となると思います。

どうなる電王戦

今後の電王トーナメントには、これまでよりも強いアンチコンピュータ戦略に特化したソフトが出てきてもおかしくないのでは、と思います。3万局指した方が、ソフト開発者に何らかの形で協力すれば・・・例えばその3万局の棋譜の提供や公開があれば、そんなソフトが複数出てきてもおかしくない。

そしてアンチコンピュータに特化したソフトが電王トーナメントを制して、電王戦ではあっさりとプロ棋士に負けるという結末も、可能性としてはありそう。

将棋ファン的には物足りないかもしれませんが、一般の人が電王戦に見る「人類とコンピュータの共存共栄」とか、電王戦の「テクノロジーの進化を加速させ人の未来へつなぐ」というコンセプトからすれば、考えさせられるものがあるかも知れません。

対人工知能の未来

将棋ソフトは人工知能とも言われます。そして人工知能は、将来人間を脅かすとも言われます。

ロボット兵器などに応用され、30年後には人類を超えるという人工知能。多くの著名人が「数年後必ず人類の心配事になる(ビル・ゲイツ)」「完全な人工知能の開発は人類の終わりをもたらす(スティーブン・ホーキング)」「人工知能は核兵器よりも危険になる可能性がある(イーロン・マスク)」などと人工知能の発達に警鐘をならしている。

ETV特集「羽生善治×ガルリ・カスパロフ対談」。人工知能、加齢、引退、チェスと将棋の違いなど

森下九段は、その3万局の人に「人工知能が人類の脅威になった時、あなたが必要ですよ」と言ったそうです。するとその人は「それに備えて準備しています」と答えたとのこと。つまり、将棋のみならず、対コンピュータのプロだと。

ponanzaと対局してみてほしいですね。それが将棋ソフトや人工知能のさらなる発展に寄与するとともに、人類の人工知能との付き合い方に何かの示唆を与えてくれる、社会的な意義もありそうです。

森下九段、興味深いお話をありがとうございました。

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コメント

  1. こーじ より:

    これは非常に面白い話ですね。

    すごく分かり易く言えば、3万局指した人は、いわゆるゲーマーと同じ印象を受けました。

    電王戦は、元々「人間(プロ棋士)対人間(プロ棋士)」というゲームに
    「人間(プロ棋士)対コンピュータ」という一石を投じた。

    コンピュータをプログラムするのは人間(プロ棋士ではない)。
    ここが多きなポイントで、既存の将棋というゲームの主人公である人間(プロ棋士)を苦しめた。

    ところが、もう一つ「人間(アマ棋士)対コンピュータ」という対立軸が存在した。

    この人間(アマ棋士)は、対人間(プロ棋士)との対局では、多分勝てない。しかし、この人間(アマ棋士)は3万局指して、プロに読めない手を読める。(対コンピュータの勝率が知りたいですね。)

    例えば、ponanzaを一般公開して誰でも対戦できる状況にして、(勿論、ログは山本さんへ提供される)どんどんponanzaは進化するでしょうし、それを倒すアマの棋士も出てくるかもしれない。そういう状況で、プロ棋士の立場や立ち位置、あるいは、これまでの定跡など、将棋というゲームの大きな革命が起きる可能性があるということでしょうね。習甦も含め一般に公開され、我々アマ棋士が挑戦出来る環境ができれば、将棋というゲームの進化(真価)が急速に進むような気がしました。

    長文失礼しました。

    • 管理人 管理人 より:

      コメントありがとうございます。

      そうですね、アンチコンピュータ戦略を使う人は、ゲーマーとかデバッガー(バグ取りの技術者)とか言われると思いますが、それでも同じ将棋というゲームのルール内で戦っているというのが興味深い話です。棋士の間でもある程度相性の良し悪しというのはあるのでしょうが。
      電王戦や叡王戦の登場で、棋士の役割が変わりつつあるなか、人間、コンピュータともに幅広い戦略が求められる時代になるのかもしれません。おっしゃるように革命的な出来事が進行中だと思います。いわゆる「将棋の神」という存在はまだまだ遠そうだと思いました。

      ところで、ponanzaは将棋ウォーズというアプリで稼働しており(本気のponanzaではないと思いますが)、ユーザーとの対戦結果からフィードバックを得ていると思います。
      ただ将棋ウォーズは最長でも持ち時間10分切れ負けであって、よい棋譜が収集できているかどうかはわかりません。
      少し前にponanzaの山本さんがビッグデータの番組に出演されていました。しかし質の良い棋譜のデータはわずか数万とか(?現在でも十数万ぐらいか)しかなく、他のいわゆるビッグデータと比べるととても少ないと思います。偏りもありますし。ですがいずれにせよ、将棋が進化する環境は着実に整いつつあると思います。

      コメントありがとうございます。

  2. 中嶋 より:

    いつも面白い記事配信ありがとうございます。
    本記事も非常に興味深く読ませて頂きました。

    ニコ生の将棋放送は長時間に渡るため、本記事のような話を見逃してしまうことがありますので、記事化して頂けることに感謝しています。
    できれば、森下先生のこのお話が放送のどの時間でされたのかを表示して頂けるととても助かります。
    大変厚かましい要望で恐縮です。
    (タイムシフト視聴でメールコーナーを中心に飛ばし飛ばし見直してみたのですが、見つかりませんでした・・・)
    お手数でしたら、無視して頂いて結構です。

  3. 宮島陽人 より:

    将棋の天地というブログを書いておられる真吾オジサンという方がおられますが
    http://shingoozisann.blog48.fc2.com/

    話題の方とこの方はよく似ているかなと思いました。
    電王戦対策合宿では、このようなアンチコンピュータ戦略に通じた方も呼ぶべき
    だったのでは、と思っていました。

    しかしこの方、100万円チャレンジには参加されないんですね。

  4. 匿名 より:

    3万局!すごい、すごすぎる。一人の人間に本当にそんなに指せるのか。計算してみましょう。

    仕事はされているということなので、一日平均3時間を対局にあてると仮定し、
    対局条件は不明ですが、平均一局20分掛かるとすると・・・
    1日9局、1年では3285局。
    3万局指すには9年と49日ほど掛かる計算となりますね!

  5. 管理人 管理人 より:

    中嶋様:
    コメントありがとうございます。

    まずこのお話があったタイムシフトの時間ですが、開始からすぐの、24分付近から5、6分程度です。メールコーナーではありません。対局中です。
    私は話をメモしながら、記事にする時に再構成します(話し言葉なので。前後を入れ替えたり、似たような言葉をくっつけたり省略したり)ので、時系列そのままではありません。

    森下九段は、対局中にも色々と面白い話をされています。私はまだ将棋初心者なので、新鮮に聞こえるお話が多くて楽しみにしています。
    が、それでもすべて生放送に張り付いて見ていることもできません。

    そこで、私が観た中から、私の感覚で面白いと思ったお話を、私の考えを入れて記事にすることが多いです。私が見逃している中にも、きっと面白いお話は多いと思います。

    なので誰か私以外にもこういう記事を書いてくれる人がいるといいなあ、なんて思うんですけどね・・・。一応寄稿のご案内です。

    宮島陽人様:
    コメントありがとうございます。情報ありがとうございます。

    やはり、プロ棋士としては、アンチコンピュータ戦略に正面から取り組むというのは躊躇があるのだと思います。アマならではの特権というか。
    100万円チャレンジ、もしかしたら参加して100万円獲得したNEC将棋部の山口直哉さんご本人のことなのかなとも思いましたけど。
    対局条件とか、PCの性能はよくわからないので、どの程度「負けない」のかはわかりません。
    ある程度真剣勝負というか、イベントとしてやって一度決着を見てみたい気もします。

    匿名様:
    コメントありがとうございます。計算ありがとうございます。

    そうですね、ちょうどBonanzaがブレイクして一般にも公開され、Bonanzaメソッドが他のソフトにも実装されるようになったのが、9年ぐらい前でしょうか。
    とするとその頃からソフトを入手して指して、日夜PCに棋譜を溜めていくという地道なことをやっていたと。まあ将棋ウォーズでも数千局指している人とあたったりしますからね・・・。

    いわゆるハッカー(クラッカー)と言われる人たちも、Windowsの登場以前からの技術的なコツみたいなものが存在して、それ以来技術は蓄えられ今のWindowsでもそれは通用するとう、そんな話にも聞こえました。

    皆様コメントありがとうございます。

    • 中嶋 より:

      ありがとうございました!
      結構、最初の方だったんですね、完全に見落としていました^^;
      お手数をお掛けしました。

      • 管理人 管理人 より:

        再コメントありがとうございます。

        お役に立ててよかったです。今後共よろしくお願い致します。

  6. 匿名 より:

    ご本人は将棋を引退された&3万局ではないですけど、水谷計太さんというアマチュアの方が将棋ウォーズでコンピューターには勝ちまくっていましたね。
    水谷流藤井システムという戦法でコンピューターに勝ちまくっていました。
    振り飛車でコンピューターに勝ちまくっていたのはかなりスゴイことかもしれないですね。

    • 管理人 管理人 より:

      コメントありがとうございます。情報ありがとうございます。

      この話は知りませんでした。以前「コンピュータソフトがもし奨励会に入ったら」みたいな記事を書いたことがありますが、アマチュアの方でも勝てる方法が見つかるとなると潰されてしまうかも、とか妄想しました。アンチコンピュータ戦略が、まだ解明されていない部分が多い振り飛車に眠っているということかもしれませんね。コメントありがとうございます。

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