将棋電王戦FINAL、ハメ手を使用すればプロ棋士側が全勝した可能性

2015年3月から4月にかけて行われ、プロ棋士側の3勝、コンピュータソフト側の2勝で幕を閉じた将棋電王戦FINAL。

4月11日の第5局では、阿久津主税八段がハメ手とも言える「△2八角を打たせる」手順により勝利。人類に勝利をもたらすことになった衝撃的な結末は、大きな反響を呼びました。

将棋電王戦FINAL第5局は△2八角でAWAKEが投了

電王AWAKEに勝利し100万円ゲットした山口直哉さんの必勝法。△2八角を打たせる

AWAKE開発者・巨瀬亮一さん「ハメ手を使うプロ棋士の存在意義」を問う

最後の最後の対局で、プロ棋士はハメ手を用いたのですが、もしすべての棋士が今回のような「本番用ソフト事前貸し出し」ルール下でソフトの弱点が出る手順を研究し、ハメ手を目指したらどうだったのか。

棋士側が全勝していた可能性があるようです。

対プログラム必勝局面が無数に存在

私(管理人)がこの可能性を知ることになったのは、以下のツイートがきっかけ。田中誠さんは、田中寅彦九段の息子さんで、元奨励会員であり、現在は指導棋士として、また囲碁・将棋チャンネルの中の人(広報活動)としてご活躍されている方。

コンピュータの読み

一般に、(簡単にいえば)将棋コンピュータプログラムは、いろいろな手を広く読み、人間が思いつかないような手を発見することができます。一方、ある手数を超えた先の手は読みを打ち切るため、長手数の先の有利・不利に気づきにくいアルゴリズムとなっており、これは第2局で永瀬拓矢六段がSeleneに読み勝ったこととしても現れています。

△2八角を打たせるハメ手も、これの一種だと思われます。つまりコンピュータソフトは△2八角を打って相手玉の近くに馬を作り自分の有利を認識しますが、その後長手数の先にその馬が捕獲されるところまでは読めないということです。

したがって、これを利用すれば別の手順でもハメ手が成立するということが言えると思います。ただその局面に誘導できるかは、ソフトによって違うのでしょうが、AWAKEの場合は△2八角が最も誘導できる可能性が高いということでしょうか。

やねうらおさんも全勝宣言

上記の田中誠さんのツイートに、やねうらおこと、第3局の出場ソフト「やねうら王」開発者の磯崎元洋さんもツイート。

やねうらおさんは記者会見で、自分が「事前貸し出しルール大賛成派」であるとしたうえで「プロ棋士の先生が本気でソフトの穴を狙うなら、(最大で)大駒1枚分ぐらいのハンデ、レーティングで言うと500ぐらいのハンデだと思っています」と述べました。

レーティング500の差

現在プロ棋士で最もレーティングが高い羽生善治名人が1950ほどの値ですが、それより500低いレーティングとなるとプロ棋士の養成機関である奨励会三段リーグ(プロの一歩手前)でも下位程度の実力ということになります。

これを踏まえて、やねうらおさんは「(電王戦FINALのルールである)事前貸し出しありでなら、私がプロ棋士ぐらいの棋力があるなら100%勝てます。5局とも100%勝てます」と述べました。

やねうらおさんが事前貸し出し大賛成である理由についてはまた後程記事にする予定です。

今回の出場ソフトすべてがハメられる

第1局の出場ソフト・Aperyの平岡拓也さんも以下のようにツイート。ちなみに平岡さんは貸し出し反対派。

やねうらおさんの話が裏付けられるようなツイートで、プロが本気でハメ手を狙い勝ちにこだわれば、今回の電王戦FINALはプロ側が全勝していた可能性があるということになります。

ではなぜ負けたのか

となると、なぜプロ側はこれまで負け続けてきたのかという疑問があります。これは私の推測でしかありませんが、やはりプロ側にハメ手を使うことへの葛藤があったのだと思います。

阿久津主税八段は△2八角に「貸し出し後、数局で気づいた。素直に嬉しい感じではない」

しかし、電王戦の最後の最後、しかも2対2という状況も手伝って、勝利を求められた棋士は土壇場で勝ちにこだわったのだと思います。逆に言うとこれまでは、ソフトの弱点を知りながらも堂々とし過ぎるぐらいにプロが対局に臨んでいたということでしょうか。

再び田中誠さんのツイートから。

ちょっとプロ棋士側に寄り過ぎな記事だと言われてしまいそうなので、以下の記事をご紹介して終わりにします。

将棋連盟の理事に立候補するハッシーこと橋本崇載八段が電王戦のハメ手に「ガッカリした人がいないか心配」

以上、ありがとうございました。

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コメント

  1. 匿名 より:

    去年まで負け続けてきたのは、単に準備不足でハメ手を見つけられなかったからです。
    たくさん練習対局を指した、阿部・豊島 はハメ手で勝利しています。
    これらは正確に言うと罠をはるハメ手ではなかったかもしれませんが、似たようなものだという認識です。

  2. 匿名 より:

    米長さんの「見る人がつまらない将棋になると人間が勝つ、面白い将棋にしようとすると人間が負ける」という予言どおりですね。
    人間同士と、人間対コンピューターで、同じ将棋なのにゲームの性質が変わるというのはとても興味深いです。

  3. 匿名 より:

    田中誠の”負けた事によって否定された棋士”がいたからです、というのは佐藤慎一のことですね。あのとき、佐藤のブログに罵詈雑言の数々のコメントが100以上ならびましたから。
    そのとき棋士側はかなりあせったでしょうね。プロ棋士はこんなにも期待されていたのかと。

  4. 管理人 管理人 より:

    匿名の皆様

    コメントありがとうございます。
    米長前会長の言葉は中村太地六段もツイートしていましたね。ええ、ただ低級の私にはつまらん将棋なのかどうなのか判断もできない、ハメ手で圧倒的に有利なのはわかりますが、自分でそこから勝てる自信はないですし、どうやって勝つのかな、というある意味面白さはあるんですがね。低級の特権というか、酒が弱い奴は少量の酒で酔えて羨ましいみたいな話だと思いますが。

    というわけで、私としては豊島七段ら過去の勝利者が、どれほどハメ手、あるいはアンチコンピュータ戦略を、追求したのか、棋譜からはわからないのが正直なところです。

    佐藤慎一五段のことだったんですね。情報ありがとうございます。私にとっても、ここを見る方にとっても有益な情報です。それにしてもブログに罵詈雑言を書き込むってすごいエネルギーのいる行為だと思うんですが、そんなにも期待されていたという裏返しなんでしょうね・・・

    コメントありがとうございます。

  5. r6rs-schemer より:

    やねうらおさんのブログでは棋力を表すレーティングの話がちらほらと出ていますが、何れも将棋倶楽部 24 のレーティングについて語っておられるので、このレーティング 500 というのも http://kishi.a.la9.jp/ranking2.html こちらを指しているのではなく、将棋倶楽部 24 のものを指しているのだと思います。それでも随分なハンデになるとは思いますが、少し意味が違ってきますね。

    • 管理人 管理人 より:

      コメントありがとうございます。そしてご指摘いただきありがとうございます。

      そのとおりですね。説明不足でした。

      24のレーティングでちょっといい例えが思いつかず。
      「羽生名人と奨励会員」みたいなわかりやすい例えがあるといいのですけど・・・。
      私自身、24のレーティングは詳しくないため一度調べてみたいと思います。

      ご指摘いただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

  6. 素人 より:

    こんにちは。将棋には全く縁のない素人ですが、今回の騒動を知ってここに辿り着きました。
    そいいう訳で実は問題点がよく解っていません。私のような素人にしてみたら、明確な弱点があるなら相手が人間であれコンピュータであれそれを突くのは当たり前なんじゃないかと思ってしまいます。
    今回の騒動は一体何が問題だったのでしょう?

    • 管理人 管理人 より:

      コメントありがとうございます。

      いえ、問題と捉えるかどうかは人によって違います。
      少なくともルール上は、プロ棋士が指した手、ソフト開発者の投了、いずれも問題ではありません。
      主催者も問題にはしていません。

      個人的には私(このサイトの管理人です)も問題だとは思っていません。

      価値観みたいなものだと思います。
      勝ち方が勝負として面白くプロとして美しかったか、負け方についても面白く美しかったかということでしょうか。
      ただの勝負ではなくて、勝ち方、負け方が問題になるのはスポーツなどの世界でもよくあることだと思います。

      例えばサッカーでは終盤に露骨に時間稼ぎをしたり、野球で敬遠の四球を連発したり、いかにも敗戦処理の投手を登板させたり、
      観ているお客さんにとっては、面白くなく、美しくなく、不満を感じる方も多いと思います。

      今回の対局は単なる将棋ではなくて、人間とソフトの異種格闘技戦なので価値観が人によってバラバラなのだと思います。

      わかりにくいかもしれませんが、以下の記事もご覧になっていただければと思います。

      AWAKE開発者・巨瀬亮一さん「ハメ手を使うプロ棋士の存在意義」を問う

      橋本崇載八段が電王戦のハメ手に「ガッカリした人がいないか心配」

      阿久津主税八段は△2八角に「貸し出し後、数局で気づいた。素直に嬉しい感じではない」

      コメントありがとうございます。

  7. 素人 より:

    なるほど、私はこの電王戦というものが真剣勝負だと思い込んでいたのですが、実際はエキジビションマッチに近いのですね。
    素人のつまらない質問に答えていただきありがとうございました。

    • 管理人 管理人 より:

      再コメントありがとうございます。

      エキシビションに近いかもしれませんが、これはこれで、棋士にとっても負ければ失うものがあるという意味では真剣勝負とも言えると思います。
      ソフト開発者のモチベーションは様々だったようですね。

      当サイトは素人さんの意見が大事だと思っていますので、コメントいただきありがたいです。

  8. 匿名 より:

    ハードのスペック制限やソフトの貸出、アップデード禁止で果たして真剣勝負と
    言えるのでしょうか プロ棋士は、よく負けを自ら認める潔さが将棋の美しさだと
    言ってます。将棋教室の子供にも、まずその事から教えると言ってました
    連盟が認めないから出る棋士に相当なプレッシャー掛かけてしまい
    阿久津八段もあのような作戦を取らなければいけなかったのだと思います

    • 管理人 管理人 より:

      コメントありがとうございます。

      そうですね、匿名さんがおっしゃる「真剣勝負」には、おそらく「フェアな戦い」という意味も含まれていると思います(含まれていなかったらすみません)。

      また、私の個人の考えで申し訳ありませんが、少し書かせていただきます。

      極端な例かもしれませんが、例えば100メートル走世界一のウサイン・ボルトが「お前は馬より遅い。だから馬より遅いことを認めろ」と言われても、ウサイン・ボルトは「俺は馬より遅い。馬に負けた」と言わなければならないとか、記憶力世界一の人間がスマホと記憶力を争って負けるからといって「俺はスマホより記憶力に劣る」と認めなければならないとか、そんなことはないと思います。

      たまたま、将棋の世界ではコンピュータと人間の実力が現状拮抗して、あるレギュレーションの下で「勝負になっている」ので、「負けた」と認めることに価値があると思われているのだと思います。しかし本質的には上記のような戦いと同じで、まったく異種のものを比べようとしているので、フェアな戦いというのはなく、勝ち負けは電王戦のレギュレーションでの勝ち負けであって、それ以上のものではなく、どちらが強い弱いと認める必要のないことなのだと思います。

      例えば「持ち時間」は人間がより不利になるルールだと思います。焦りや疲れやなにやらがあるからです。

      では「持ちエネルギー」という概念を持ち込んだらどうか。これならフェアか。
      成人が1日に必要とするエネルギーは約2000kcal、5時間だと400kcalぐらいですか。
      一方PCは1時間に500W消費するとして、人間と同じエネルギーしか使ってはいけないと制限すると。

      1〔kWh〕≒857〔kcal〕

      らしいので、単純計算でコンピュータは1時間しか思考できません。というのは極端な例ですが、とにかくフェアな戦いというのは存在しないのだと思います。

      ただ、電王戦のレギュレーション下での勝ち負けに価値を見出す方も多いと思います。それはそれで、考え方のひとつで全く否定されるものではありません。実際、とても多いと思います。そのために、阿久津八段自身は真剣にならざるをえなかったと思います。追い込まれたのはその通りだと思います。

      そういう意味で真剣勝負だと書きました。

      コメントありがとうございます。

  9. ハガキ より:

    あえて一言言わせていただきますが、異種格闘技戦にフェアな勝負など無い、
    という主張はこと将棋、そして電王戦に関しては詭弁だと思います。

    フェア云々というお話は川上会長も話されていましたし、
    100M走でウマや車と人では~という例え話ももっともではありますが、この場合、
    肝心なところをボカしている、あるいは見ないようにしているから出来る話でしょう。

    人とソフトといういわゆる異種格闘技戦においてフェアなレギュレーションなどない、
    という論は確かに一面で見れば正しいかもしれませんが、
    将棋の対コンピュータ戦においては、その歴史を振り返ってもわかるとおり
    将棋という競技のルールの中以外では原則、特に条件を設けないで競い合うことが
    常でありました。そして、人間はまだその条件で超えられたとは考えていないわけです。

    つまり、先の100M走などの例においては、人間に身体能力に勝る存在などいくらでもいる、
    ということが有史以来、共通認識としてあったのに対し、
    将棋においては、いまだこの分野において人間を超える存在などいない
    ということが今現在、そう主張され続けています。
    その点がはっきりした相違点であるといえます。

    ですから、人間同士で通常用いられるレギュレーションが
    将棋の対コンピュータ戦において、仮に人間にとって不利であったとしても、
    その勝敗の結果には常に注目が集まりますし、
    ただの興行的な勝敗の結果以上に、観客も、そして当然ながら
    当事者である棋士の方々も価値を見出してしまうわけです。

    将棋連盟のこれまでの発言を振り返ればわかりますが
    未だソフトが名人を超えた、という主張に対しては真っ向から反論されています。

    それ自体は素晴らしいことであると私は思っていますが、
    にもかかわらず、電王戦においては平手のみという
    レギュレーションでの勝敗結果を保留したまま、
    次のレギュレーションを模索する時期に入ってしまいました。

    一般に、勝負事においてレギュレーションを変える
    ということは、それ以前のレギュレーションでは
    一方が勝てなくなったからだ、と考えられてしまうことでしょう。

    これはもちろん、イベントの主催、運営を担うドワンゴからの
    要請もあったのでしょうが、しかし、ドワンゴの会長の
    「興行的な都合など一切無く、ただフェアな条件を探るため」
    という説明に関しては、将棋連盟が未だ認めていないにも関わらず
    アンフェアな条件では既に人はソフトに勝てないからだ、
    ということを肯定したとられかねない危うい発言です。

    将棋連盟がアンフェアな(平手というだけの)条件において
    未だ人間が強いと主張しているということは、そうするだけの
    矜持があってのことなのではないでしょうか?

    安易にフェアなどない、などと価値を相対化させてしまうのはいかがなものか、
    今一度考えていただきたいと思いコメントさせていただきました。
    それでは失礼します。

    • 管理人 管理人 より:

      コメントありがとうございます!

      興味深く読ませていただきました。まず、ぜひご検討いただきたいことがあります。当サイトでは、寄稿を募集しています。せっかくの文章で、また当サイトでは多様な意見を歓迎していますので、ぜひご寄稿いただければと思います。記事になれば、場合によっては数千人、数万人が閲覧します。

      以下、質問というか、お願いです。

      「将棋連盟がソフトより人間が強いと主張」というのはどこかに掲載されているものでしょうか?言い訳になってしまいますが、私は将棋ファン歴が短く、真剣に見始めたのも最近で、連盟がこのような主張をしているのを見たことがありませんでした(谷川浩司会長がソフトの実力について「プロ棋士の中位以上」と発言したのは聞いたことがあります。これが棋士個人の発言だったか連盟としての発言だったか記憶があいまいですが)。もしよろしければ、連盟の主張をお示しいただければと思います。その主張の内容によっては、確かに私の考えを改める必要があるかもしれません。できれば、その主張を見てからハガキ様の文章を読み直したいと思います。

      コンピュータの実力については多くの棋士が認めていることと思います。その上で、人間との優劣をつける必要性がない、どちらが強い弱いと認める必要がないという意味で書かせていただきました。

      また「特に条件を設けない」については、私個人の考えとしては、人間は常に肉体的制限を課されており、そういう意味で「常に条件が設けられてきた」という認識です。これが人間同士の対局だと、お互いに肉体的制限があるのでフェアだといえるとおもいますが。

      将棋歴浅い私の考えなので、推測でしかないのですが、以前は「人間には肉体的制限が課されているにも関わらずコンピュータに勝った、だから人間の方が強い」という主張だったと推測します。これがコンピュータが強くなって、勝敗は条件次第となった、というのが現状だと理解しています。ですので、ルールのことが焦点になるのだと思います。

      とにかくこれは推測でしかありません。ハガキ様のいう将棋連盟の主張について、ご返信いただければと思います。

      コメントありがとうございます。

  10. ハガキ より:

    まず、一つ誤解されているようなので訂正をさせていただきます。

    私は「将棋連盟がソフトより人間が強いと主張」をしているとは書いていません。将棋連盟はソフトが人間を超えたという主張を認めていない、という主旨のことを書いたつもりです。管理人様の言うとおり、将棋連盟はソフトがプロの中位以上の実力であるとは認めています。

    ですが、この谷川会長の中位以上という発言は、第三回電王戦の結果が出た直後のことであり、第二回、第三回と通じて2勝7敗1引分と、結果だけ見れば完敗と言っていいほどに人間側が負け越した後のことであります。特に、大将戦において現役A級クラスであり、かつてタイトルを冠したこともある一線級の棋士が二人も負けてなお中位以上としか評価しなかったことは、それ以上評価することが種々の問題を生む恐れがあり、難しかったかもしれないにせよ、将棋連盟の矜持が現れていると言っていいのではないでしょうか。なお、この発言自体は公の場で連盟会長としてなされたものですので、「中位以上」という認識は連盟の総意と捉えて問題ないかと思います。

    各棋士の発言を見ても同様のことが言えるかと思います。例えば先崎九段はテレビ出演時に、疲れさえなければまだ人間のほうが強いと発言していましたし、また森下九段も第三回終了後の記者会見で同じような内容を語りながら、継ぎ盤があればという発言をして話題となったのは有名な話でしょう。他にも探せば出てくるはずです。

    そうしたことを踏まえて真っ向から(人間が超えられていないという主張に)反論している、と書いてしまいましたが、真っ向からというのは少々主観が入り込んでいることは事実です。

    >また「特に条件を設けない」については、私個人の考えとしては、人間は
    >常に肉体的制限を課されており、そういう意味で「常に条件が設けられ
    >てきた」という認識です。これが人間同士の対局だと、お互いに肉体的
    >制限があるのでフェアだといえるとおもいますが。

    >以前は「人間には肉体的制限が課されているにも関わらずコンピュータに
    >勝った、だから人間の方が強い」という主張だったと推測します。これ
    >がコンピュータが強くなって、勝敗は条件次第となった、というのが現
    >状だと理解しています。ですので、ルールのことが焦点になるのだと
    >思います。

    管理人様の条件に関する考え方はわかりますが、これは一部の棋士やファンたちの認識とは齟齬があると言えるかと思います。管理人様はあくまで勝負事という側面のみに注目しているようですが、将棋の優劣とはそれ以外にも、どちらがより良い手を指せるかという点が非常に重要なこととなっているということは、ご理解いただけているでしょうか。もう少し穿った言い方をすると、どちらがより将棋の本質や真理に近いか、という話になります。

    確かに人間は肉体的制限がありますが、この将棋の本質を競い合うという点に限ってみると、その制限はある程度までしか意味をなしません。なぜなら、「下手の考え休むに似たり」という言葉の示す通り、いくら時間があろうが、体調が万全であろうが、能力の足りないものには正解を導き出すことができないからです。過去コンピュータに人間が勝つことができたのは、肉体的制限など関係ないほどその能力において人間が勝っていたからでしょう。

    第一回電王戦の際、解説の渡辺竜王(当時)が「持ち時間三時間あれば言い訳はできない」と発言されていましたが、それはつまり、持ち時間を使い切った後の焦りなどによるミスで負けるのは、人間の肉体的制限によるものだと言えるでしょうが、それ以前の時間を存分に使えた中盤までの優劣は、その制限は(ほとんど)意味をなさない、とこのような意図であったのではないかと私は解釈しています。

    どちらがより将棋の本質に迫れるかということに関しては、コンピュータにはまだまだ負けていない、あるいは勝っているとさえと考えている棋士の方々がいることは先ほど述べたとおりです。

    ですから、その点の優劣がはっきりついてしまうのは意味や価値があることであり、いつか事実としてそうなった際にはそれを認めざるを得ない時が必ず来てしまうと私は考えています。

    そう考えますと、電王戦のレギュレーションが、人間の強さを最大限発揮できる方向になされずに、逆にコンピュータを弱くし、いい手を指せなくする方向で決まってしまったこと。これは、興行上の都合があるにせよ、将棋連盟の一部の棋士や一部のファンにとっては不本意であった、ということがわかっていただけるのではないでしょうか。

    寄稿に関しては申し訳ありません、そのようなレベルに達していないので辞退させていただきます。ただ、私の発言をどこかで取り上げて反論しようが、いくらこき下ろそうが、こうしてこの場をお借りしてコメントさせていただいた以上自由だと思っています。

    それでは失礼します。

    • 管理人 管理人 より:

      再コメントありがとうございます。

      なるほどと思うことがありました。とても論理だてられており、ますます寄稿いただきたいという気持ちになりました。
      なかなか、人様のご意見をくんで文章を書くというのは私としても難しいことです。
      ぜひご寄稿の再度ご検討を。または私がベースを書いて、ハガキ様に仕上げていただく形でも構いません。

      私の個人的な経験からですが、我々日本人・あるいは日本でビジネスをしている人は、白黒をつけるということにこだわりがあるように思います。
      よく日本人はグレーを好むという風潮がありますが、これは「自分の意見を公の場で言う時は」に限ると思います。

      余談ですが、日本で根付いている将棋、スポーツでいえば野球と、欧州で根付いているチェスやサッカーとの違いに、引き分けに関する考え方があります。
      日本では引き分けを良しとしないというか、つまらないものだとする考え方があります。優劣を曖昧にしたり、論じない、認めないのは許されないというか。白黒つけることに価値があるか否かにかかわらず、グレーを容認するいうことが許されないというか。

      繰り返してしまいますが、私は、どちらが「より良い手を指せるか」についても、連盟や棋士が判断したり認めたりする必要がないと思っています。
      棋士それぞれが認めたり、認めなかったりするのは自由だと思います。
      また、過去に主張したことについて、現在どうなっているか、主張を貫くか、翻すか、いずれもしないか、それも自由だと思います。
      永久に議論されなくてもいいと思っています(それぞれの人が言いっぱなしで構わない、どう受け取るかは自分次第)。

      電王戦のレギュレーションについては、これを認める認めないの話と関係なさそうに思います。
      レギュレーションの最終的な決定はドワンゴさんがされたと思いますし、ドワンゴさんがそういう状況だと判断したと思えばいいと思います。

      そして電王戦のテーマに立ち返ります。「テクノロジーの進化を加速させ・・・」というやつです。
      別の記事のコメントに以下の様なことを書きました。

      例えば市販の製品(家電、精密機器、ハイテク機器など)を開発する立場にある人は、スペックの制限と戦っている、というのが
      普通にあることだと思います。決められた予算、予定販売価格、そのなかで制限せざるを得ないハードウェア的なスペックのなかで
      どれだけ良い製品が開発できるか。

      全文はこちらのコメント欄

      「制限なく膨大なリソースを投入すれば人間に勝てる、あるいは、将棋の本質というものに人間より近づけた」。
      これが「テクノロジーの進化」と言えるかという話です。

      一部のファン・棋士が不本意に思ったことは、理解しています。が、ネット上で調べてみても、この主張を論理建てている良い文章にはたどり着きません。

      当サイトでは多様な意見を尊重しており、私の考えのみが存在するのは健全ではありません。
      ですので、改めてご寄稿をお願い申し上げた次第です。

      興味深いコメントをありがとうございます。

  11. ハガキ より:

    認めるか認めないかという問題に関しては、必要があるかどうかというより、必要に迫られてしまうだろうと私は考えていますが、あえて必要性に関して一言述べるとすれば、これは将棋が強い、ということに各人がどれだけ重きを置いているか、ということに尽きるのだろうと感じています。

    これまで将棋連盟は「この世で将棋が一番強い」と自他共に認める存在でありました。そのことだけが将棋連盟の唯一の価値とは言いませんが、大きなウェイトを占めていたことは間違いないでしょう。棋士が尊敬を集め、棋士の矜持となっていた部分です。ですから、その強さが「勝負」の上でも、また「将棋の本質」の競い合いにおいても揺らいでしまうということは何度も述べましたとおり、非常に大きな意味を持ちます。

    「一番強い存在だ」と振舞ってきたからこそ、その事実が覆されたときにはそれを認めることがケジメである――このように考える人がファンにも棋士にも一定数いることはこの問題を考える上で欠かせないことでしょう。

    確かに管理人様の言うとおり日本人的な価値観の一端の顕れなのかもしれませんが、将棋連盟が将棋の日本文化としての側面を強調してきた以上仕方の無いことかと思われます。

    これを前提に電王戦のレギュレーションの話に入りますが、以前述べましたとおり、レギュレーションを変更してしまうことは、暗に負けを認めたことになってしまうのではないかということがまず問題になります。それを将棋連盟ではなく、ドワンゴが判断するということが、ケジメにならないと考える方が一定数いることはご理解いただけるのではないでしょうか。

    電王戦のテーマに関してですが、そのようなテーマが掲げられたのは電王戦第三回以降のことでしょう。元々電王戦の発端はコンピュータ将棋協会が「ソフトが名人に匹敵するまでにいたった」という旨の挑戦状を送り、それを将棋連盟が受け取ったところから始まります。その流れを汲んでいたレギュレーション制定前の第二回電王戦では、人類対コンピュータというテーマが前面に打ち出されていました。この第二回までの戦いでは「勝負としての将棋」と同じ位に「将棋の本質に迫る競争」として注目されていた節があります。対コンピュータ将棋を語る上において、この二つは明確に区別されなくてはならないと私は考えています。

    制限無く膨大なリソースを投入しようが将棋を指す能力は必ず頭打ちになります。繰り返しますが「下手の考え休むに似たり」ですから、後者の競争においてはスペックの制限をする意味など無いのです。それが意味を持つのはあくまで「勝負としての将棋」の話や、興行的な将棋を考えるときなどです。

    よって、「将棋の本質に迫る競争」を期待していたファンにとっては、あのルールは不本意であったということになります。

    これらは全て価値観の相違の話になりますから全てを納得していただくことは難しいかもしれませんが、今私の言った価値観とは、将棋連盟が作り上げたものでもあると私は感じています。ですから、将棋連盟に対し過剰に期待し、過剰に非難してしまう方々が居ることについては納得していただければと思っています。

    寄稿に関しては書くこともあまりありませんし、やはり自体させていただきたいかと思います。勝手で申し訳ありません。

    • 管理人 管理人 より:

      三度、コメントありがとうございます!

      私はここ1年で将棋ファンになった者です。第2回までの電王戦はまったく観ていません、第3回は流し見程度、本格的に観たのはFINALが初めてです。
      それ以前に、「将棋連盟が、自らが一番強いと振る舞ってきた」というのがどういう状態なのかわからないので、なんとも言えないのですが、
      事実だとすれば、それにケジメを求めるファンがいるのは理解できます。かつての電王戦のテーマについても私の理解が及んでいませんでした。

      寄稿に関しては、「書くことない」とおっしゃられますが、このコメントに書いていただいたことをほどんどそのままで良くて、
      それにソース(根拠)を加えれば完成、とも思ったのですが。実のところ、私の考えに不満を持っている方は多いと思うのです。
      なので、私とは違う考え方の人の寄稿は有意義かなと思いました。
      もしハガキ様が、私一人に意見を言いたいのであれば、それでいいのですが、広く知ってほしいと思われているなら、とおすすめしました。

      何度も申し訳ありませんでした。無理にとは言いません。

      そこで、次の手段として、私自身がこのハガキ様のコメントを編集して記事を書こうと思います。

      つきましては、記事作成上、大変お手数なのですが、以下ことをお示しいただけないでしょうか?

      「将棋連盟が一番強い存在だ、と振舞ってきたという根拠
      例えば、誰かの発言、声明、文書など。
      これで将棋連盟が得てきた具体的な利益もあれば」

      これがケジメを付けるべき行為に値するかを調べるためです。
      未来まで勝手に期待した人たちがいて、彼らの中で論争になってきたわけではなくて、将棋連盟が作り上げた価値観なのかを調べるためです。

      ソフト開発者をこき下ろすとか、よほどヒドイ言い方をするとか、事実を曲げるとか、大きくて具体的な利益を得ていなければ、「ケジメを付ける」に値しないと思うのです。事実、どうやっても棋士の方が強かった時代もありますし。

      これが初心者の私と、以前からのファンであられるハガキ様との考えを隔てるほとんどのことだと思います。

      レギュレーションの話ですが、ひとつの戦いに、いろいろな価値観があるのは普通のことだと思います。
      何を期待するかも、それぞれ違います。

      私と異なる価値観で、電王戦を見られる方が多くいらっしゃるのも理解しています。

      例えば私は技術者ですから、美しいアルゴリズム、小さいリソースで最大の価値を引き出すことに意味がある、と思っています。

      私は私の価値観で発信しています。ただ、私と違った価値観を認めないわけではありません。むしろ歓迎します。
      その証拠が寄稿へのお誘いなのです。

      長くなりました。「」の中に書いたことが、私が理解が及んでおらず、また記事作成上の焦点になることですので、お手数なのですが
      ぜひお示しいただけますと幸いです。

      何度も本当にありがとうございます。

      • ハガキ より:

        申し訳ありません、少し誤解を与える言い回しをしてしまったようです。振る舞ってきたとか、ケジメをつける、などという言葉をつかったせいか、だいぶネガティブな印象を持たれてしまったかもしれませんが、そうではありません。

        一番強いと振る舞ってきた、というのはその事実によって尊敬を集め、それを棋士も当然のこととして受け止めていたという程度のことです。(なお、このようなことを書くとプロ棋士が傲慢であったかのように思われるかもしれませんが、そういう意味を込めたのではありません。)

        これだけでは振る舞いというには何か違うのではないかと思われるかも知れません。しかし、「棋士」と「プロのプレイヤー」にはアマチュアから受けるその尊敬の度合いに確かな差があります。

        例えば、将棋や囲碁の棋士のことを先生という敬称をつけ呼ぶことはご存知かと思いますが、ただの一競技のプレイヤーに一般のアマチュアのみならず一般人までもがそこまでの敬意を払うことなど通常、ほとんどありえないでしょう。先生という敬称は教師や医師、政治家、芸術家、作家などにつけられるものですが、この枠に将棋指しや碁打ちが入っているということからもその異質さがわかっていただけるかと思われます。

        これらのことから、棋士とは尊敬されるべき存在として社会的な地位を確立し、それにふさわしい振る舞いを要請されていた、ということがご理解いただけるのではないでしょうか。

        このような扱いを受けていたのは、棋士が礼節を重んじ、伝統を継承しているからだというのもありますが、やはり単純に将棋が強いからというのも理由の一つだったでしょう。だからこそ、その時が来たのならば、コンピュータに負けたことではなく、将棋という文化において、棋士よりも、名人よりも強く、その本質に近い存在が出てきたという事実を認めることが潔い。そう感じられる方が一定数おられるだろうという話です。(ケジメと書いてしまったのでどこかマイナスの要素を含んだようにとられてしまったようですので、改めて、潔いという言葉に置き換えることにします。)

        これはある種の美学に通じる話かと思います。最近話題となった内藤九段の発言からもわかる通り、将棋界はこのような様々に美学を重んじてきたので、このような反応が出てくるのもまた当然と言える、と私は考えています。

        これらのことについて、以前、将棋連盟が作り上げたもの「でも」あると書きましたが、今記したとおり、文化として受け継がれてきたものですから、いくらそのような側面を強調してきたとはいえ、将棋連盟にすべての責任があると言いたかったわけではありません。ただ、ノブレスオブリージュではありませんが、尊敬を集めてきたからこそ、それに対する様々な義務もまた生じるのではないか、という意味をこめて書いたのです。

        このようなことの根拠をピンポイントで提示するというのはなかなか難しい話です。今の将棋界にもその名残は残っていますから、雰囲気は掴めるのではないかと思いますが、難しいようでしたら将棋史をひもといてください、というのが一番の答えになるかと思います。

        具体的には、名人がどのように権威を持ち、将棋界の内外で尊敬を集め、様々な物議を醸してきたか、ということなどを重点的に調べることでしょうか。

        ただ、このような時代の空気と共にあった価値観を理解できないという方がいるのもまた当然のことでしょうから、もしそうであれば、根拠のない話だと一蹴していただいて構いません。ただ、そのような人々もいるだろうということは頭の片隅にでも置いていただければ幸いです。

        それでは失礼します。

        • 管理人 管理人 より:

          四度目の読み応えあるコメントありがとうございます。

          最初に、私はハガキ様の考え、そのように考える将棋ファンの存在を理解しているつもりです。
          頭の片隅どころか、大きく私の中にあって、認めているつもりです。ある意味、現状の私に足りない部分だとも考えています。

          ただ、記事やコメントを書く時は、現在の私の価値観に基づいて書いているというだけです。
          この記事は「NEWS BY 管理人」ですから、私(管理人)の価値観ではない価値観に基づいて書くのはおかしいですよね。

          棋士が尊敬を集めてきたというのは、おっしゃるとおりだと思います。
          棋士、あるいはその共同体である連盟、またはスポンサー、棋戦主催者に何を求めるのかは、価値観の問題かと。

          もしハガキ様の論点が、私(管理人)がハガキ様のような考え方、存在を認めるか否かということであれば、私は認めています。

          記事化のことですが、明確な根拠が無いと難しいです。当サイトは将棋に初めて触れる方、これからファンになっていただける方にも
          わかりやすく、という方針です。そのような方々に「将棋の歴史を紐解く」「その名残の雰囲気を掴む」ことを求めるのは難しいからです。私の現在の知識からしても書くことができません。
          というわけでこれは残念ながら、なしにしたいと思います。多様な考え方を紹介したいという思いがありました。とても残念です。

          幾度にも渡り有意義なコメントありがとうございます。

  12. 普通に考えて・・・ より:

    普通に考えて、コンピューターは棋士の棋譜等を勉強している訳だから、逆に棋士がコンピューターを研究して悪い道理がない。
    「俺の物は俺の物!お前の物は俺の物!」じゃないけど、片方は相手を知ってて、相手は何も知らないのはフェアじゃないだろう。

    • 管理人 管理人 より:

      コメントありがとうございます。

      そうですね、たぶん「コンピュータを研究して悪い」という人は、あまりいないと思いますが、その「研究」の定義が問題となるのだと思います。
      最も論点になるのは、一度プロ側に提供されたソフトを修正してはいけないということ。
      たとえば「プロはコンピュータの研究をしてもいいが、コンピュータ側も本番直前まで修正してもいい」というルールだと、果たしてそれが研究といえるかという議論があると思います。

      コメントありがとうございます。

  13. 普通に考えて・・・ より:

    返信ありがとうございます。

    でも、コンピューターの独創性とか、どこまでいっているんでしょうね。

    鬼殺しみたいな戦法を考え出せるのを楽しみにしてます(笑)

    凄く強くなっているのは解りますが、まだ個人的には「魅力的」な感じには程遠いです。

    • 管理人 管理人 より:

      再コメントありがとうございます。

      そうですね、最近ではコンピュータ発の手がタイトル戦で初登場することもありました。
      コンピュータが戦法に及ぼす影響については下の記事が少し参考になるかもしれません。

      コンピュータ将棋ソフトの活用が進むと力戦形が増えて終盤力が重要になる説。序盤の幅が広がりすぎて絞り切れない楽しい時代に?

      いずれにしても、コンピュータが指した手をそのまま採用できるのではなく、プロ棋士が研究をしてはじめて実戦で現れるようです。

      あとコンピュータは、独創的な新手を指したいと思ってやっているのではなく、評価値が高いからとか、勝率が高いからとかいう選択をしているのに対して、人間は新手を生み出そうとしているのが、魅力の違いになると思います。

      それにコンピュータは評価の方法を変えたら、すぐに実戦で何十回も試して試行錯誤できるのに対し、プロ棋士は1局1局に生活がかかっているので新手を指すときの覚悟も違うのかもしれません。そのあたりも、人間のほうが「魅力的」に映るのかもしれませんね。

      また、現時点のコンピュータでは「藤井システム」のような構想は発見できないのでは、という話もあります。

      コメントありがとうございます。

  14. 人工知能alpha より:

    あのAlpha囲碁でさえ、deep learninngという手法で簡単に最強のプロ棋士を打ち負かしたくらいです。将棋は、もう3~4年前にはプロ棋士を抜いているでしょう。そのことを真に受け止めることが大切。

    ひょっとして、コンピュータソフトの最強レベルの真の実力は、今なら、角落ちぐらいでも、プロ棋士の羽生さん等の最強棋士を打ち負かす実力を有しているのではないでしょか。プログラムは日々進化して対局当日にベストな条件で臨むことが大切で、それが人工知能対人間のフェアな戦い。一度プロ側に提供されたソフトを修正してはいけない、というのは、非常に見苦しい姑息なことだと思います。(いくら、プロ棋士側が弱いからと言って、興行的に面白くさせようとしているのであっても。)

    そんなことをしてまでソフトに勝利しても、それは勝ったのではなく、単に、ソフトのバグ(はめ手に引っかかる弱点)を発見したと言うだけで、真の勝利とはいえない。
    東大の入試を受ける前に、問題用紙を事前に見せてもらって、じっくり勉強して試験に臨んで良いわけはありませんね!!

  15. 未来視 より:

    みなさん、興味深い議論をされていますね。
    なにより興味深かったのは、管理人さんの性格の良さです。
    私なら、ハガキさんのように攻撃的な議論をしかける方はまず相手にしません(笑)
    (ハガキさんがこのコメントを読んでいないことを願っています)

    それにしても、こんな素晴らしいサイトがあるのなら、自分のブログ(http://perfect-chaos.cocolog-nifty.com/blog/)を立ち上げずに、ここに書き込みしていればよかったかもしれません。
    こちらに書き込みした方がよほど注目されていたでしょうから。
    電王戦に興味を持つようになってから、こちらのサイトをたまに見かけてはいたのですが、ここまで質の高い情報を集めているとは知りませんでした。
    私がブログで取り上げたテーマの多くは、こちらで議論され尽くしたことだったのですね。

    私のブログでは電王戦やコンピュータ将棋について語っていますが、訪問者がゼロになる日も珍しくないほど閑散としています。
    ブログを立ち上げた目的の一つである教養のある友だちもできていません。
    というか、建設的な批判コメントすら1度も書かれていません。
    私のブログに昨日書いた電王戦とお金の問題(http://perfect-chaos.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-1b07.html) は、ネットでもあまり扱っていないと思うので、そのあたりだけでも読んでみると、新しい発見があるのではないでしょうか。
    こちらのサイトをご覧の方に私のブログまで来ていただけると幸いです。
    どうぞよろしくお願い致します。

    • 管理人 管理人 より:

      コメントありがとうございます。

      私の性格は自分ではあんまり良くないと思っていますが、それは置いとくとしまして。
      私は電王戦を真剣に観たのは昨年が初めてなのですが、そのような私が好き勝手に書いている文章にコメントをいただいたり、返信を書いたり情報を集めたりという行為が新鮮で、自分でも楽しくやっていました。

      結局、人それぞれ価値観の問題でしょうから、いろんな考え方や議論があってよいと思います。あと文章の書き方も人それぞれですから、コメントが攻撃的に見えてもなるべく真意をくみとりたいと思っています。

      未来視様も書かれています通り、幸せなことに、このサイトで記事を出すと多くの方に注目していただくことがあり、数千人ぐらい、多い場合は1万人を超える方に見ていただけます。先にコメントいただいた方にもおすすめしたのですが、当サイトでは寄稿も募集していますので未来視様の目的に応じてご検討いただければと思います。あとSNS(Twitterなど)をやっていると、SNS経由で見に来ていただける方も多いと思いますのでおすすめです。

      さてお金の問題についての記事を拝見させていただきました。具体的な感想は控えますが、比較的長い文章という形で意見表明されていることに意義があると思います。今は、短文で特に論拠を示さず批判したり意見を述べたりということが多いですからね(もちろんそれ自体は悪いことではないです)。

      コメントありがとうございます。

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